492話(2005年09月02日 ON AIR)
「そして女は海へと向かった」
作/大正まろん
 
  会社のオフィス。窓の外は最高にいいお天気。
景色の端のほんの少しの海を眺める女。
男は、女の視線の先をたどる。
いいお天気だけどね・・・。
え。
どうした。さっきからボーッとして。手が止まってるぞ。
田村課長、私、会社辞めます。
え・・・いきなり何を言い出すんだ。
辞めたいんです。
その・・・理由はなんなんだね。
あそこに行ってみたいんです。
あそこって?
きれいですよね、キラキラして。
松永君、ちょっと、おい。
さようなら、田村さんの横顔、とても好きでした。
  数日、いや、数年、数十年たったのかもしれない。
気がつけば波打ち際のような場所に立っている男。
沖の方から女が滑らかにやってくる。
田村さん、お久しぶり。
ここは・・・。
どこからもつながっている場所。
・・・私は、さっきまで家の風呂場にいたはずだ。
多分それも本当。この世界に流れる全ての水は、海から生まれ、海に戻る。
全ての水は海につながっています。だから。
だからと言われてもね。松永君、君は、一体、ここで何をしているんだ?みんな心配してるぞ。
私は海になりました。
え。
(うふふと含み笑いをもらし)田村さん、ずいぶんお痩せになりましたね。
あれから、あれ、というのはつまり、君が突然居なくなってから、警察にも呼ばれ
たし、君のご両親にも会ったよ。随分心配されていたよ。そして僕は、僕は、課長じゃなくなってしまった。
ご迷惑かけちゃって、すみませんねぇ。
仕事がキツすぎたかな。社内で何か辛い事があったのかな。
それとも私が何か、君を傷つけるようなことをしたのかな。
いいえ。
なら、どうして急に?
オフィスの窓の向こう、景色の片隅にキラキラ光る海の切れ端がありました。そうしたら急に潮の香りを胸いっぱいにかぎたくなりました。私は、ようやく自分が何者だったのか思い出したんです。ほら・・・。
  と足元を見せる女。
松永君、君は、人魚だったのか。
ええ、そうみたいです。
  女をまじまじと眺める男。
・・・君、今、幸せかい?
ええ、とっても。
なら、良かった。
また、お会いできるかしら。
どうかな。
晴れて、海がキラキラする日は、時々、思い出してくださいな。
そうだね、多分、思い出しちゃうだろうね。
さようなら。また。
さようなら。

終わってまた始まる。

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