515話(2006年2月10日 ON AIR)
「 うまみ調味料 」

作 / 上田 誠

 
 

オフィス。
午後いちばん。

……さっきさあ、10階の社員食堂でメシ食ってたんだけど。
ええ。
俺、窓際の席に座って食ってたんだよ。で、そのときこう、横の窓は開いてたんだけど、
ええ。
こうまあ、ビル風が吹き込んでくるわけよ。でまあ、俺こう、定食のおかずに、うまみ調味料かけてたんだけど。
あの、味の素みたいな。
そうそう。こう、うまくしようと思って、俺好きだからさあ、かけてたのね。
そしたら、ちょうどこう、窓から風が吹き込んできて。
ビル風が。
そうそう。突風みたいなのが吹き込んできて。
こう、10階だから風強いじゃん。
でしかも、うまみ調味料って、あれなんとなくこう、風に乗りやすくない?
あー、確かにまあ、粒子がこう、軽いっていうか、
そうそう、塩とかよりこうふわっとしてるから、それがこう、俺がかけたときにちょうど突風にあおられて、となりの人のおかずに、かかっちゃったんだよ(笑)。
うまみ調味料が。
こう、かるーく、うまみを足した形になったんだよね、はからずも(笑)。
それ、気まずくないですか?
気まずい気まずい。だって知らない人のおかずを、うまくしてるからね、俺。
謝ったんですか?
謝ったっていうか、まあこう、会釈みたいな感じで。
あー。
いやだってさあ、微妙なんだよね。曲がりなりにも、うまくしちゃってるわけだから、まずくしたわけじゃないから。
だからなんとなくこう、 差し出がましいことしてスイマセン、みたいな。
向こうはどんな感じだったんですか?
向こうはねえ、なんか複雑な感じ。
複雑。
こうなんていうか、一応、ムッとはしてるんだけど、だけどうまくはなってるから。
こう、腹立つけどうまみは足されてる、みたいな。
あー、うまくしやがって畜生、みたいな。
うま腹立たしい、みたいな、そういうなんていうか、実に複雑な感情になってんだよね。
表情すごい、難しそうだったもん。
あー。
(笑)だってさあ、たとえばこう、それが七味とかだったら、風でかかったときでも
怒りの感情作りやすいじゃん。なに辛くしてんだこのヤロー、っていう。
だけどうまみだからね。グルタミン酸とかだからね。気まずさもなんか、微妙なんだよね。
「俺うまくしちゃったけど、ひょっとしていいことしたのかも」みたいな。
っていうかさあ、うまみ調味料って風に乗るんだね。俺、それびっくりした。
かなりこう、ファーっと風にさらわれていったからね。あんまり、見たことないでしょ。
うまみ調味料が風にさらわれるとこって、見たことないでしょ。
(笑)そしてそれがとなりの人にかかって、気まずいっていう(笑)。
 

男、ひとしきりしゃべって、満足。

……私あれなんですよ。さっき、ひき逃げ見ちゃったんですよ。
え……マジで?どう、どう、え、すごいじゃん。え、どういうこと?
私しかも、ナンバー覚えてるんですよ。
マジで!いやいやちょっと、どこで?っていうか、俺の話より全然すごいじゃん。
俺の話全然どうでもいいじゃん。それ言ってくれないと、俺ずっとしゃべってたから。
え、待って待って、どういうこと?どこで? ・・・
 

END



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