518話(2006年3月3日 ON AIR)

「冷蔵庫の咳払い」

作・大正まろん
ある日の夕暮れ女が家に帰ると、男は冷蔵庫の前で座りこんでいた。
ただいまぁ。ねえ、洗濯物、干しっぱなしになってるわよ。
シィー(静かにの意味)。
その小汚い冷蔵庫、どしたの?
えと、そのう・・・知人にもらった。
もらった?どうして、家にちゃんとしたのがあるじゃない。
・・・咳払いするんだって、この冷蔵庫。
冷蔵庫が咳払い・・・は?
ンンン(痰がからんだ時のような咳払い)、て。
冷蔵庫が。
はい。
それで、洗濯物も取り込まず、ごはんの用意もせずに、咳払いするのをじっと座って待ってたわけ?
だって聞きたいでしょ?冷蔵庫の咳払い。
そんな病気の冷蔵庫うちに持ち込まないでよ。風邪がうつったらどうしてくれんのよ。
家電は風邪ひいたりなんかしないって。
わかってるわよ、そんなこと。
考えられるのは、モーター関係の異常なんだけど・・・その咳払いを聞いてみるまではなんともねぇ。
・・・知ってる?リサイクル法で、その冷蔵庫を捨てるのにもお金かかるのよ。
捨てませんよ、こんな貴重な冷蔵庫。
家事を全部やるから、会社を辞めたいって言ったのよ。だから、私たちそういう約束で暮らしてるはずでしょう。
でもね、この冷蔵庫は、ボクの研究を一歩深める可能性を秘めているわけですよ。モーターの振動における、
もういい、外食してくる。
あ、うん、ごめんねー。
食費ちょうだい。
え・・・。
え、じゃなくて。私、あなたに食費渡したよね。あなたがごはん作れないんだったら、
それは食費から出すべきじゃなーい?
それが、えと、もうない、かなぁ。
ないって、今月分もう使っちゃったの?
それが、その・・・冷蔵庫を・・・。
冷蔵庫を?
譲ってもらうためにぃ・・・。
あなた、さっき「もらった」って言わなかった?
怒られると思って。
・・・。
怒ってるよね。
要らないって返してきて、その知人さんに。
無理だよ。
どうして無理なのよ。
北海道 に引越すって、その引越のトラックでここまで運んでくれたんだ。新しい住所はまた知らせるってさ。
・・・騙されたのよ、あなた。
騙された、騙されたの・・・そんなぁ・・・。
私より泣きそうな顔しないでよ。
だって、騙されたのはボクで、キミじゃないんだから、泣きそうになったっていいでしょ。
汗水たらして稼いだお金を、あっけなく奪われてしまう夫をもった妻はもっと悲しいわよ。
・・・そうだね。
・・・ホント、仕様のない人。
すまない・・・。
今度からは、相談してね。
うん、ごめんね。洗濯物入れてこようかな
私も手伝う。
ベランダに向かう二人。
冷蔵庫 
んんん(低い咳払い)・・・。
今 、
うん。
END