519話(2006年3月10日 ON AIR)
「 庭には二羽 」

作 /原 尚子

 
ここです。
案内されたのは、路地の一番奥の建物。入り口を見るかぎり古い民家のよう。
滑りのよい引き戸。

まっすぐ奥まで入ってください。

案内してくれたのは、管理人らしい。印象的な目。見透かされているような。
でも嫌な感じはしない。
上がりがまちに腰掛けてブーツを脱ぐ。
脱ぐのがわかっていてブーツを脱ぐあたり、私は本当にぬけている。

つきあたり、勝手口を開けると庭がありますよ。

え?庭?平屋の一戸建てでも清水の舞台なのに、家賃聞き間違えたかと相手を見る。

と言っても、借景なんですけどね。

なるほど。ああ…でも、こじんまりとした畑と何種類かの木々…小さな秘密基地のよう。
あの畑の隅の小屋は何だろう?

四月になったら桜が綺麗ですよ。 1 本だけだけど。

目の印象的な人が言う。この人こそ、ここによく似合う。…いや、ここで暮らす私のことを考えよう。
静かな平屋できちんと生活する私。静かな平屋で、と水まわりや押入れを見て歩く私に「あ、朝がうるさいんです、すいませんけど」と彼が言う。え?

毎朝鳴くんですよ。ニワトリが。あの畑に小屋があったでしょう。二羽いるんです、ニワトリが。

あーあの小屋。…ニワトリが二羽。「はい」と彼が言う。
あれ?口に出していっていないのに。「朝五時ごろ。早い時は四時ごろ鳴く時もあります」だって。
まあいいかと言う気になる。嫌な気がしないから。はは。急に気に入ってしまった。
「ここに決めます」と口にして言ったあと、この人ひょっとして心が読めるのかしら、と…声には出さずに念じてみる。あなたニワトリは好きですか?私は猫が好きだけど。

さて、じゃぁそろそろ。

と、彼は玄関に向かう。やっぱり気のせいか。
ブーツに右足を押し込む私に彼が振り返る。

すいません。それと、ウチの猫が時々遊びに来てしまうかもしれない。
相手にしなければ邪魔はしませんから。

あ…。すごいかも。

今日、カギをお渡しします。

…。「はい…よろしくお願いします」

 

二人は引き戸をしめ、カギをかけ、歩き出す。
春のやわらかい日なたと、家々の影が、路地に不思議な絵のような模様を作っている。

 

END



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