543話(2006年8月26日 ON AIR)
「 チョコ・キス・キス・チョコ 」

作 /ごまのはえ

チョコは苦くなる。子どもが好きなチョコレートはやたら甘くて、大人の食べるチョコレートはやたら苦い。それがルールらしい。「ルール」?この言い方はおかしいな。流れ、まだ流れと言ったほうがいい。甘いのから苦いのへ。うん。だんだん苦いのが好きになる。

「で、あなたはどんな女の人が好みなの?」

結婚して五年目に妻が聞いてきた。ソファにもたれ、天井をみて、僕は思い出す。今まで好きになった女性のこと。でも、

「どんなタイプ?」

「タイプ」

「スポーツが得意とか、妹みたいとか」

「・・・バラバラ」

「なんかあるでしょ?話を聞いてくれるとか、甘えるのが上手とか」

「バラバラだよ」

「ほんと?」

「うん」

「顔は?」

「顔は・・・」
びっくりした。誰の顔も思い出せない。あんなに好きだったのに、何年も付き合ったのに、顔が思い出せない。着ていたTシャツのデザインや、はいていた靴のことは思い出せるのに、顔は、・・・頭の中に思考が線を引く、昔好きだった女の子たちの輪郭線を描こうとする。でも駄目だった。

「思い出せないんでしょ」

「そんなことないよ」

「うそ」

「うそじゃないって」

「そうして私のことも忘れてしまうのよ」

「え?」

「そうして私のことも忘れてしまうの。あなたは」

「忘れないよ」

「じゃ、目を閉じて。そして私の顔を頭の中にしっかり描いて」

「・・・」

「目を閉じて」

 

僕は目を閉じた。すぐ近くに妻を感じる。

「憶えてる?私の顔」

憶えていなかった。すまん。僕の頭に浮かんだのは醜い粗悪品のような
彼女の顔。

「描けないでしょ。私の顔」

「そんなことないよ」

「うそ」

「うそじゃないって」

「お疲れ様」

「うそじゃないよ」

「はいはい」

そう言ってキスをした。苦い、苦いキスだった。

おわり

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