557話(2006年12月2日 ON AIR)

「猫三味線」

作・樋口美友喜
ジャンジャン、三味線がお客を呼ぶ
じゃんじゃんお金を使った午前様
驚いた。その横丁入ると猫が三味線弾いていた。
ジャンジャン
ジャン。と三味線鳴らして呼んでます。
飲みすぎたんだな、いや、そんなに飲んだっけ?
じゃんじゃん飲んだついでにもう一軒。めざしは5匹で200円。
いらしゃいいらしゃい。
猫が三味線弾いている…
入るの?入らんの?
猫が三味線…
飲み屋の亭主がうるさいねん。スキ狙って入らなつまみだされるで。だから入るの?入ら んの?
猫が…
あかんのか?猫が三味線弾いたら。
あかん、ことはないけど、いや、駄目だろ。相当駄目だろ。
なんで?
-えー…と。
いい音出してます。腹のソコから。ジャンジャン、ジャンジャン。
そうだ、だってその肉球で、どうやってゲンを押さえる?
こうやって。
ああ、うまいもんだね。
この仕事一筋やから。
違うんだよ。納得したけど、こういう会話したいんじゃないんだよ。酔っ払ってるだけな のか、こういうイベントなのか、えーとね、
お客さん、どっから?
え?
仕事?
出張で。
あぁ、ゴクロウサマ。一匹で?
へ?
1人で?
ええ、まぁ。
ならしゃあないわ。
え、それどういうこと。この地元じゃこれは普通か?
狭い日本もまだまだ広いわぁ。
ご当地名物だと思えばこの酔いも冷めるもんか?
ジャン。熱燗ぬるめにしてあるし。いらしゃい、めざしは5匹で200円。お値段 はるけど鳥生肉だってあるし。
はぁ…
たまには隣の誰かさんと世間話でもせな。あぁ、いやいや、いやいや、分かる、分かるわ。
えぇ?
あぁ、いやいや、じっと見てるから、たまーに分からんくなる時あるわ。さっさか歩く黒い 頭見下ろして、じっと見てたら、歩いているのは自分みたいに思えてきたりする時あるも ん。見てたらおもろいからなぁ。泣いたと思ったら怒ったり笑ったり、くるくる変わるの はアタシらの目やなくて、人の感情のほうや。じっと見てたら、自分が猫やってこと忘れ そうになる。だって、絶対人のほうがおもろそうやもん、なぁ~。
…え?
なぁ、あんたも。三味線持っとき。ジャンジャン鳴らすたんびに思い出すから。腹のソコから
飲み屋の戸がガラリと勢いよく開くと
バケツに入った水がぶちまけられた
頭から水をかぶって、
猫が二匹、鳴きながら路地を逃げていった
おしまい