565話(2007年1月27日 ON AIR)
「 お客様の入りやすい銀行 」

作 /川村武郎(かんから館)

 

 銀行のロビー。

 

男が入って来る。

   
銀行員

いらっしゃいませー。ご用件は何でしょうか?

あ、あの‥‥その‥‥カネ。(小さい声)

銀行員

お客様、失礼ですが、もう少しはっきりと言っていただかないと‥‥。

‥‥‥。だから‥‥金!だよ。金!

銀行員

‥‥ああ、ご融資の件ですね。それでは、そちらの番号札を取ってお待ち下さい。

あ‥‥はい。

   
 

男、番号札を取って、席に座る。
雑誌なんか読んだりする。
男、ふと、我に返る。

   

違うだろ!

銀行員

お客様、どうかなさいましたか?

だからさあ、俺はよー、俺はよー、こんなことをしに来たんじゃねぇんだあ!

   
 

一瞬の沈黙。

   
銀行員

まあまあ、お客様、そう興奮なさらないで、私とゆっくりお話しましょう。
私、窓口担当の原田美香と申します。どうぞよろしく。

ああ、どうも。

銀行員

それで‥‥失礼ですが、お客様は?

ああ‥‥俺? 俺、竹下‥‥竹下健太。

銀行員

竹下様。どうぞよろしくお願いします。

ああ‥‥はあ。

銀行員

さて、竹下様、先程「俺は、こんなことをしに来たんじゃない」っておっしゃいましたね。
それって、よーくわかります。誰だってそうなんですよ。「こんなはずじゃなかった」「こんなことをするために生まれてきたんじゃない」って、みなさんそうおっしゃいます。

‥‥はあ。

銀行員

誰だって、生まれてきたからは、何かの役割があるはずなんです。何の意味もなくこの世に生きてる人間なんていないんです。私の言っていることがおわかりですか?

ああ‥‥んん、まあ‥‥だいたい。

銀行員

さすが竹下様、飲み込みがお早い!

いや‥‥それほどでもないけど。

銀行員

たとえば、竹下様の場合、この銀行に何をしに来られました?

え? いや、ちょっと言いにくいんだけど‥‥。

銀行員

どうぞ、遠慮なさらないで。恥ずかしいことなんかないんですよ。

そう? ちょ‥‥ちょっと、銀行強盗でもしようかなあって‥‥。

銀行員

よくおっしゃって下さいました。なかなか言いにくいことを。そうですか、銀行強盗ですか。それはかなり思い切りましたね。

ああ‥‥うん。

銀行員

一口に銀行強盗と言っても、世の中に銀行はいっぱいありますよね。どうして当行を選ばれたのですか?

うーん、特に理由なんかないけど、まあ入りやすい感じがしたからかな?

銀行員

それはどうもありがとうございます。さすが、竹下様、お目が高い。当行は常々「お客様の入りやすい銀行」をモットーに営業をしているのです。

ああ‥‥そうなの。

銀行員

そうなのです。今、竹下様と私どものニーズがこうして結びついたのです。これは一つの奇跡です。運命です。こうして、竹下様は竹下様の役割を、私どもは私どもの役割を成就したわけなんですよ。お分かりですか?

え‥‥そ、そうかなあ?

銀行員

そうですよ。だから、自信を持って下さい。あなたの人生には意味があるんですよ。そのことを肝に銘じてがんばって下さい。私どもも、及ばずながら応援いたしますので。

‥‥ああ‥‥それじゃ、がんばってみるよ。

   
 

男、出口に向かう。

   
銀行員

どうもありがとうございました。またのご利用をお待ちしております。

   
 

男、さわやかな顔で銀行を出て行く。
しばしの間。

   

だから、違うんだよ、これ!

   
 

頭を抱える男。

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