584話(2007年6月9日 ON AIR)

「父の遺品」

作・ごまのはえ
あれは25年前のこと、父が死んだときでした。実家の小さな物置にこのトロフィーはあったのです。
「優勝って書いてある」
「他には?」
「なーんにも」
妻の言うとおりそのトロフィーには優勝の文字以外は何も書かれていませんでした。
母に聞いても何のトロフィーなのかわからない。そんなものあったことも始めて知ったといいます。父が若い頃なにかスポーツをしていたという話も聞いたことありませんし、自慢話もまるでしない人でしたから、私はむくむく興味がわいてきました。
「しかしでっかいトロフィー。しかも結構古いよこれ」
「もってかえろうか」
「え!」
「いや、だって一応遺品だし」
「えー!どこにおくつもりよ、こんなの」
妻の言うとおり。今私たちが住んでいる公団住宅にはこんなトロフィーを置いておくスペースはありません。でも妻に「こんなの」と言われたことが私の何かに触れたのです。
「いや。もって帰る」
「やめようよ」
「いや・・・」
その時私の頭にある創造が稲妻のように横切りました。それは父がこのトロフィーを手にしている姿です。それは若い頃の父、今の私と同じ年頃、そしてその日は父の父、私の祖父の葬式の日なのです。つまり父は祖父の遺品からこのトロフィーを見つけたのかもしれない。それから私の想像はどんどん拡がっていきました。祖父も曽祖父の遺品からこのトロフィーを見つけたのかもしれない。曽祖父もその父親の遺品からこのトロフィーを見つけたのかもしれない。その父親もまた・・・、いや、過去にさかのぼるだけではない。未来だって・・・。
「そりゃお父さんの遺品だから大事なのはわかるけど。何ももって帰らなくていいじゃん。第一あの狭い家のどこに置くつもり?(以下のセリフは次の男の独白に重なる)今だって雑誌とかビデオとか置くとこないし、服だって冬服とかしまっておく場所ないし、冷蔵庫だってもっとでっかいのに買い換えたいねってこないだ話してたばっかりじゃん」
それは不思議な気持ちでした。そのころ私達にはまだ子供はいませんでしが。まだ見ぬ私の息子が私の葬式に私の遺品からこのトロフィーを発見している。その姿を想像するとなんだかくすぐったような幸せでいじわるな気持ちがわいてきたのです。
「・・・ちょっと人の話聞いてる?」
「あぁ子供がほしくなってきた」
「はぁ??????」
「帰るぞ!」
それから家に帰って子供をこさえました。三人できました。ただし三人とも女の子でした。そして25年がたちました。いずれ私が死んだ時、小さな物置ならこのトロフィーを見つけたとき、娘たちは一瞬のためらいもなくこの優勝と書かれたトロフィーを捨ててしまうだろうと考えると、少しだけ胸が痛みます。
あぁ男の子がほしかった。
おわり