588話(2007年7月7日 ON AIR)
「 削り取られる、しかし確かに存在した文字 」

作 /樋口美友喜

 

ガリガリ、ガリガリ、渇いた地面、硬い硬い、そこに刻む、文字

削る女

ガリガリ。ガリガリ。これは刻む音ね。

刻む男

こ。の。ま。ち。に。は。ひ。と。が。

削る女

ガリガリガリ、

刻む男

ああ、あぁ!

削る女

ガリガリィィ。

刻む男

…あー…ぁ…

削る女

今のは削り取った音、ね。

刻む男

ね。…じゃないよ…もぉ…何回目…?

削る女

刻む音も、削る音も、どっちもガリガリ。

刻む男

刻んだすぐソバから、削り取らないでくれる?

削る女

もういいじゃない。ね。

刻む男

ね。…じゃないよ…ほっといてもらえる?

削る女

じゃ私が削り取るのもほっといて。

刻む男

違う場所削れ。離れろ。最低3メートル。

削る女

一生懸命ムイた甘栗をすぐソバから食べられていく、みたいなカンジ?

刻む男

なんだそれ。

削る女

一生懸命不良少女を説得して更生させたすぐソバから万引きされてしまう、
みたいなカンジ?

刻む男

なんなんだ、それ。

削る女

一生懸命働いて稼いだお金をすぐソバから妻が散財させていく、みたいなカンジ?

刻む男

あのねぇ。

削る女

一生懸命、

刻む男

一番近いのは、一生懸命キレイに掃除した床を、泥だらけの靴で歩かれた、
みたいなカンジ

削る女

要するに努力が無駄にされてるってトコロは、共通じゃない。間違ってない。

刻む男

そう、無駄にされてる、ってカンジ。

削る女

だって無駄でしょ?

刻む男

勝手に決めるな。こ。

削る女

ガリ。

刻む男

の。

削る女

ガリ。

刻む男

ま。

削る女

ガリ。

刻む男

ち。

削る女

ガリ。

刻む男

に。

削る女

ガリ。

刻む男

は。

削る女

ガリ。

刻む男

ひ。

削る女

ガリ。

刻む男

と。

削る女

ガリガリガリガリィ。

刻む男

あのなぁ、

削る女

どっちもガリガリ。刻むあんたも、削るあたしも。ほら。ガリガリ。

刻む男

だから、刻んでんだよ。だから、残してるんだろ。

刻む女

そんなの、無駄。干上がった地面がいくら硬くても。そんなの無駄。永遠に干上がったまんまじゃないでしょ。干上がったらいつか雨だって降るわよ。

刻む男

何十年後?

削る女

何百年後かも?でも、いつか降る。そしたら、無駄でしょ?消えるもの。

刻む男

こ。の。ま。ち。に。は。ひ。

削る女

やめてよ。無駄なこと

刻む男

それでも。刻んでおきたいと思うのも、無駄かなぁ。

削る女

これだから男って、

刻む男

最後まで。動ける最後の最後まで、なにか刻みたいと思うのは、無駄か?

削る女

女々しくってヤ。私は最後の最後まで、喋り続けるわ。声になってすぐ消えて、そのほうが自然よ。

刻む男

これだから女って、

削る女

何よ?

刻む男

あんた、名前は?

削る女

それ刻むつもり?そうね、匿名よ。

 

刻む男と、削る女は、少し、笑ったのかもしれない
刻まれた文字は、
「こ、の、ま、ち、に、は、ひ、と、が、い、た
た、し、か、に、ひ、と、び、と、は、そ、こ、で、い、き、て、い、た」
しかしその文字は、きっと、たぶん、何十年後、何百年後に降られた雨によって
全てキレイに流れていくだろう
誰の目に触れることなく
しかしその町には、人がいた
確かに人々は、そこで生きていた

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