593話(2007年8月11日 ON AIR)
「 少女とキオク地蔵 」

作 /樋口美友喜

地蔵

えーん、えーん、えーん、えーん、

少女

泣いてる?

地蔵

えーん、えーん、

少女

赤い布が胸んところ。何て書いてあるんやろ?

地蔵

えーん、えーん。

少女

キ。オ。ク。ジ。ゾ。ウー。じぞう?

地蔵

えーん、えーん。

少女 お地蔵さん?あの石っころ、お地蔵さん?なぁ、何で泣いてんの?
地蔵

なくしてしまいました。なくしてしまいましたよう。大事なもんでしたのに。
忘れてしまいますわぁ。お祭りの夜。店いっぱい。ヨーヨーの音。
太鼓の音、タンタカタン。さぁ、祝いましょうの声。なくしてしまいました。
せっかく、耳に残ってましたのに。

少女

耳?

地蔵

大事な大事な、耳、なくしてしまいましたわぁーん、あーん。

少女

あの!あたし、耳、拾ってーん。

地蔵

耳!?

少女

きっちりそろってます。今その右耳の穴から見てる。これ、

地蔵

それ、

少女

これ、

地蔵

どれ、

少女

これ、

地蔵

れれ!手伸ばしてもらえます?

少女

えぇ?耳持ちながら手伸ばして耳の中?! 無理やん!

地蔵

そこを、なんとか。

少女

ならんやろ。

地蔵

えーん、えーん。

少女

もうええやん。耳にこだわりなや。

地蔵

耳で聞いた音なもんですから。

少女

目でええやん。見てたんやろ?お祭りの盆踊りも、太鼓叩く人とかも。

地蔵

見てください見てください。

少女

何を?

地蔵

この顔。

少女

あ。

地蔵

つむってますやろ。いつだって。つむってます。だから耳。

少女

お地蔵さんって、目細いんや。

地蔵

笑ってますから、つむってるんですいつだって。

少女

耳、ないとあかんの?

地蔵

だって、忘れてしまいますやんか。

少女

誰が?

地蔵

…誰がって、

少女

お地蔵さんが忘れるの?

地蔵

うぅん?いや、ワタシだけのためやないのですよ。

少女

じゃ、誰かのために憶えておいてあげてるの?

地蔵

うん?難しい問題ですねぇ。憶えているのはワタシ。誰のためにと聞かれれば、うん。
ワタシのためではなさそうで、ふぅん…

少女

耳がいるの?聞いた音がいるの?どっち?

地蔵

ふぅん、どっちでしょう。耳はワタシの耳ですが、そこで聞いた音は、
ワタシのものでもあり、そこで生きた全ての人たちのものでもあり、ふぅん。

少女

お地蔵さん溜息ついた。覗いている耳の穴、その耳の持ち主は耳の穴の中。
アタシ今ええこと思いついた。

地蔵

なんですか?

少女

あんな、ゴニョゴニョゴニョ。

地蔵

ふんふん、

少女

ゴニョゴニョゴニョ。

地蔵

それはそれは。素晴らしいです。

少女

内緒の取引きは耳の交換。だから覗いた右耳の穴からアタシの耳をギュウっと入れて、キオク地蔵にアタシの耳あげた。かわりにアタシはキオク地蔵の耳つけて。耳の奥で音がする。アタシの知らん太鼓の音。タンタカタン、タンタカタン、アタシはその風景も知らん。その音も知らん。けど。あ、ほら聞こえてきた。めっちゃ昔にキオク地蔵が聞いた音や。太鼓、それからその声、誰かがおっきい声張り上げた。さぁ、祝いましょう。
耳の奥から、祭の音が聞こえるはずだ

おしまい
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