599話(2007年9月22日 ON AIR)
「 七色唐辛子 」

作 /樋口美友喜

 

高架下、ガタンガタンと頭上を電車が走りぬける

   
女子

おっちゃんの七色唐辛子はめっちゃ泣けた。ごぉりごぉり。混ぜながら、おっちゃんの 話しは泣けた。『傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲。しゃあない。人には七つの大罪があるって、聖書にも載ってるやろ。おっちゃんクリスチャンちゃうで。七福神って目出度い七もあるし、曜日はななつ。頑張って頑張って、やっと日曜日はお休み。虹も七色、七の中には大抵のモンが入ってる。こそばゆいこと言うたろか。平等、自由、正義、友情、慈悲、人権、愛。人の美徳も七つ。なぁ、喜んでる顔、怒ってる顔、楽しい顔、苦しい顔、子どもの顔、女の子の顔、あともうひとつや。あともうひとつの顔が、あんたには足りんねんなぁ。なぁ?』そう言われて。ひとさじで、唐辛子の匂いが鼻に ぬけて、目頭押えつけて、あたし泣き方知らんから。でも、高架下のテキヤのおっちゃんの七色唐辛子は、めっちゃ泣けた。

   
 

高架下、やる気のなさそうなテキヤの声、小声で、恥ずかしそ!
ゴォリゴォリ、と、薬味を混ぜ合わす

   
息子

いらっしゃい、よう見てってやー。うちの七色唐辛子。ケシ、ミカン、胡麻山椒、麻の 実、しそ、のり、なたねに生姜、そんな生易しい七味ちゃいまっせ。うちは人生七色ブ レンドやってまっから。ブレンド次第で人生にほんの少しのスパイスを。ゆるい人生や ったら目が飛び出るようなスパイス、ほんのり甘みを残して軽いシゲキ的なスパイスブ レンドも可能。退屈な日常を微妙に変えたい方も、さぁ見てってや。見てってやー。

   
女子

はい、違う。何そのエセ大阪弁は。

息子

女子

やりなおし。

息子

営業、妨害だよ…

女子

なっっっんでっつっつ?無料レクチャーやん。

息子

頼んでないのに、毎日、毎日、毎日、毎日…

女子

そんなナヨナヨ言うてたらお客さんこーへんで。自分、大阪出身やろ?はい、やり直し。

息子

10年以上も離れてたから、体から抜けっちゃったよ。

   
 

ゴォリゴォリ、ブレンド最中の七色唐辛子をペロリとなめて

   
女子

ダー!あかん、あかんやん。もっとピリリと。ピリリと、ピリ…

息子

あのさ、毎日来なくていいから。

女子

味、チェックしなあかんもん。

息子

いや、頼んでないから。

女子

んー、イマイチや、このピリリ。

息子

明日にはもう看板降ろしてるかね。

女子

許さん。

息子

って、君に言われても、ねぇ。

女子

あたし、おっちゃんの店の常連客やってんで。

息子

申し訳ないけどね、僕はオヤジじゃないから。納骨は来月だけど。

女子

見たわかる。

息子

本当は継ぐ気もないしね。

女子

だから許さんって。

息子

そうやって毎日うるさいから、開けざるを得ないんだよ。

女子

あかん。全然スパイス効いてないやん。

息子

レシピ通りだよ。

女子

気合やな、気合が足らん。

息子

あのさ、

女子

あ?

息子

こっちで来月から仕事決まったし、

女子

あぁ?

息子

もう閉めるから。ホントに。

女子

だから許さんって。

息子

って、君に言われても。困るよ。僕の人生テキヤは有得ない。

女子

だって、そんなん、あたしの七色唐辛子…

息子

あー、捨てるのもナンだから、作っておいた。

   
 

とさり、と、大量の七色唐辛子が袋の中

   
息子

常連さんに、まぁ、御礼っていうの?だって好きなんでしょう?七色唐辛子。

   
 

息子はきっと店じまい
女子だけ取り残される

   
女子

好きって、そういう、わけ、ちゃう…ただ、おっちゃんの七色唐辛子は、めっちゃ、泣 けたから。

   
 

女子は、大量の七色唐辛子を口にほおばる
ほおばりすぎて、初めは何言ってるか分からないくらい、ほおばる

   
女子

なぁ、喜んでる顔、怒ってる顔、楽しい顔、苦しい顔、子どもの顔、女の子の顔、あと もうひとつや。あともうひとつの顔が、あんたには足りんねんなぁ。なぁ?おっちゃん のは、めっちゃ泣けた。ひとさじで、唐辛子の匂いが鼻にぬけて、目頭押えつけて、

   
 

ほおばる

   
女子

あかんやん。全然、泣けへん。全然涙でーへん。あかんやん、あたし泣き方知らんのに。

   
 

高架下、ガタンガタンと頭上を電車が走りぬける
町にはひとつ顔が足りない人たちばかりで溢れかえる

おしまい
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