603話(2007年10月20日 ON AIR)
「 弁当屋ヨスミ 」

作 /樋口美友喜

ゲスト出演・升田学(維新派)

ヨスミ

あぉおおおおおおおおお…がぉおおおおおおお…ぁあああああ…

 

店長、奥の厨房に声かけた

店長

ヨスミちゃん、から揚げ弁当ふたつに、幕の内…

ヨスミ

あぁおおおおおおおおおおおおおおお…

店長

ちょっと!やめてよその泣き声。

ヨスミ

だってぇ、てんちぉぉおおおおおお…

店長

から揚げ弁当ふたつに、幕の内ひとつだってば。さっさとから揚げカラっと揚げて。

ヨスミ

揚げるのね、また揚げるのねアタシ。

店長

当たり前よ、弁当屋なんだから。泣いてる暇あったらさっさと揚げて。

ヨスミ

だってぇ、てんちょぉおお。見てください。

店長

何?

ヨスミ

その厨房の窓から、ほら。

 

小さな窓から、差し込む夕暮れ

店長

ああ、もう夕暮れね。ここからまたかきいれ時なんだから。最近多いね、弁当で済ます主婦って。

ヨスミ

夕暮れが、なんでこんなに泣けるのかしら。

店長

またあの病気?

店長

お薬とか持ってないの?

ヨスミ

あるわけないじゃない。病院なんかで診断されてないわよぉー。

店長

だって病気なんでしょ?

ヨスミ

アタシが勝手に名付けたのぉー。

店長

じゃ、ひやきおーがんくらい持ってないの?

ヨスミ

それは赤ん坊のくすりぃー。

店長

うっとおしいわね。毎日毎日夕暮れ時になったら泣くなんて。

ヨスミ

あきれた口調はやめてぇー。

店長

あんたが頼むからわざわざ遅番と早番のパート変更したのに。仕事の手を止めない!そんなに泣くんだったら、やっぱり早番のパートに戻すわよ。

ヨスミ

いや、それだけは。早番の朝は早いもの。それが余計にアタシを悲しくさせるから。しらじらと暗い明け方に、どうせアタシは毎日弁当詰めてます。油と湯気と熱気の中汗だくすっぴんで、どうせ知らない誰かの口の中へほおりこまれる弁当詰めてます。6時30分からお店が開くから。始発で電車に乗るの。車内ガラスキ。人もまばら。だけど髪も化粧も洋服もバッチリ決めて出勤するの。ええ、どうせ店についたら何もかもとっぱらうけど、いいじゃない。仕事柄ただのおしゃれ心だけじゃないのよ、これ生きていく知恵。通勤中のアタシは誰が見ても弁当詰めてるなんて分からないわ。まるで床に落ちた卵焼き、ふっと息で吹いただけで弁当に詰め込んだのと同じ。ラベルの賞味期限のほうがみんな重要なんだから。遅番の人と交代して午後4時の電車に乗るアタシの鞄に、あまったお弁当夕食用。さっぷうけいな部屋でさっぷうけいな夕食、さっぷうけいな窓から、ああ、嫌だ、毎日毎日夕暮れ黄昏。1人で食べる夕食なんて、それだけは勘弁してぇええ。

店長

長いし、うるさい。さっさとから揚げ揚げて。

ヨスミ

てんちょ…

店長

一段落ついたら、

ヨスミ

あい。

店長

一緒に夕食食べてあげるから。

ヨスミ

てんちょ…

店長

何よ?

ヨスミ

夕暮れ見て、泣かない?泣けてこない?

店長

そんな暇ないの。生きていくのに精一杯だから。いらっしゃいませー。

 

店長は、お店の表へと出て行く

ヨスミ

そう、そうね、みんな、そうなのよね。

 

ヨスミは涙をぬぐって、から揚げを揚げる

   
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