623話(2008年3月15日 ON AIR)

「ひきつけを起こす災難」

作・樋口美友喜
犯人
ついていないのは生まれつき。一つ目の災難は生まれたときに父親と母親がだらしがなかったからロクにまともに育たなかった。二つ目の災難は小学校の頃、ウワサになったクラス内泥棒の犯人に仕立て上げられたこと。これは一つ目の災難が災いして、あの家の子なら泥棒をやりかねない、という思い込みから俺がやり玉に挙げられたわけ。三つ目の災難は、二つ目の災難が災いして、中学校にあがると立派な健康優良不良少年となりまして、四つ目の災いは、三つ目の災いが災いし、高校になど行けなかった。それでもそれなりに彼女も出来た。ここ数年それほど大きな災いは起こらなかったけれど、一つ目の災い、両親が姿を消した。ドロン。これで少しは清々するかと思ったが。立派な五つ目の災いを置き土産に残しやがった。借金。莫大。六つ目の災いは五つ目が災いして、稼いでくれていた彼女が逃げていった。で、これが七つ目の災難。人間、自暴自棄になるとなにするか分からないって本当だな。金は返さなきゃいけないし、家賃はたまるし、災い積み重なって、で、今この状況。人生なんでこうなるのって思ったことない?俺は毎日思うね。でも仕方がない、俺のせいじゃないけど環境が悪かったね。でさぁ、はやいとこお金出して。通帳カード印鑑出さないと、アンタのこと刺しちゃうよ。
人質
犯人
あのさぁ、何か反応してくれない?わぁとかきゃあとかでいいから。ちょっと、やりずらくって、え?何、俺がベラベラ喋りすぎた?
人質
わぁ。
犯人
え?え、あれ?怖くない?
人質
きゃあ。
犯人
あ、こんなちっこいナイフじゃ迫力ない?お金出す気にならない?
人質
なんでですか?
犯人
え?
人質
なんで私なんですか?
犯人
きた、きたね、その問いかけ。でっかい商社のビルから出てきたから、あとをつけて家に入って脅してみた。誰でもよかったんだけど、アンタ運が悪かったんだって。俺が生まれつき運がないのと同じ。いやぁ、自分でもこんなこと出来るんだって今感心してる真っ最中。
人質
ちょうど良かった。
犯人
は?
人質
ちょうど、死のうと思っていたところだったんで。
犯人
え?え何それ。
人質
色の白いのは七難隠すって言うじゃないですか。だから春夏秋冬いつだってUVケアしてたんです。部屋のなかだって紫外線入るから。腕も足も、いつだってUVケア。七難なくすようにぬりぬり、頑張って毎日ぬりぬり。どうです?隠れてます?
犯人
え何が?
人質
ブサイクさが。
犯人
えー…と…
人質
お世辞とかいいですから。
犯人
い、色白って、美人の条件だもんね。
人質
お世辞とかいいですから。
犯人
マユゲって、もうちょっとキレイに描いたほうが、いいんじゃないかな…
人質
はぁ、
犯人
あ、アイラインとか、入れてみたら、どう?
人質
はぁ、
犯人
でも、丸い鼻って、人間関係が良好だって言うよ…
人質
突き出たアゴとか、でっぱった頬骨とか、への字の口とか、どうです?色が白いから隠れてます?
犯人
いや、それちょっと無理かな…
人質
どうせこんな女は他にお金使うこともないからため込んでるんだろって思ったんでしょう。どうせお金ためることくらしかコイツ楽しみないんだろうって思ったんでしょ。どうせ、どうせ、だからどうぞ刺しちゃってください。私努力したんですけど、もういいです。孤独だし。ブサイクだし。毎日楽しくないし。いいことひとつもないし。
犯人
え、えあれ?
人質
これ。印鑑と通帳とカードです。暗証番号2319.かすかにブサイクって読めるところがまた悲しいでしょう?はい。刺してください。ブスっと。ああ、いやだぁ。
犯人
え、ちょっと待って。本気で刺す気ないし、あ、ただちょっと本気でお金がいるからで、えーっと、あの、お金だけもらっていい?
人質
何でですか?!交換条件です。あげるから刺してください。ブスっと、ああ、いやだぁ。
犯人
あ、ちょっと落ち着かない?えーと、俺、お金はいるけど人殺しまでは、これちょっと無理かなぁ。お宅も、あんまり暗くなりすぎないで、あ、そうそう。知ってた?人生には七回ナミがあるんだって。いいことが必ず七回は起こる。だから今まででいいことが七回あったなぁって思ってる人がいたら残念、もう残りの人生でいいことなんて待ってないから。
反対に今までいいことなんてひとっつもなかったなぁって人はこれからいいことづくめが待ってるから。お宅、これからいいことずくめだぁ!
人質
じゃあ、あなたもこれからいいことずくめじゃないですか。
犯人
あ。今俺、すごいポジティブなこと言ったね。
人質
ちょっとでも、希望があるなら。いいじゃないですか。
犯人
だから、それはお宅もいっしょ…
人質
バカバカしって、思わないで。深刻なんです。私にとっては。気持ちがブサイクだから。
これ、差し上げます。
犯人
と言ったまま、俺のほうへ倒れ込んだ。
ドサリと、人質が倒れこむ音が響いて
犯人
生暖かいのは、体温ではない。生暖かいのは…
かすかに、聞こえてくるのはパトカーのサイレン
犯人
独身OLの部屋。倒れるのは女。少し散乱した部屋。見知らぬ俺。手にはナイフ。印鑑と通帳、カードが床に。遠くからパトカー。これが、七つ目の災難。俺は動くことが出来ない。
おしまい