635話(2008年5月31日 ON AIR)
「 スピードあげて、ひたすら走る 」

作 /樋口美友喜

 

ザザザザァ、と、波の音
ではない
ザザザザァと、波の音のように聞こえるのは
高速道路、走る車の音それが、まるで波のように聞こえるだけ
ううん、と寝起きの声をあげた女

波の音…?

 

ザザザザァ、と、波の音
ではない

あ…違うか…

あ、起きた?

うーん…起きたぁ…今どこらへん?

さっき神戸に入ったとこ。

次のサービスエリア寄って。

トイレ?

お腹すいた。今何時くらい?

2時43分。

真夜中だ。

深夜だな。

空いてるのねぇ、真夜中の高速って。

空いてんなぁ。

どこまで行くの?

ねぇ。

どこまで行こっか。

サイコロでも振る?

そんな旅じゃないって。

アテもツテもないくせに。

それ分かっててついて来てるんだろ?

一緒に来てくれってあんたが泣くからよ。

平成のかけおちだな。

お気楽。

どうにかなるよ。

真っ暗。

そんなことないって。

違う。外。真っ暗。

ああ、そっちか。

夜の海みたい。

くらげ。

え?どこ?

工事現場の、ほらあのでっかい丸っこいやつ。

ホントだ。くらげだ。やだなぁ。

えなにが?

夜の海みたい。方向わかんない。

高速道路はまっすぐだろ。

違う。その方向じゃない。夜の海のドマンナカで、迷ってるみたい。

 

ザザザと、今度は大雨

あぁ、最悪だ。

迷ってるうえに、大雨だなんて見通し悪い。だいたい雲行きアヤシイと思ってたのよ。

だからそんなこと分かっててついて来てんだろ?

 

ゴロゴロゴロピカリと雷まで光って

ひゃ!

光ったなぁ、今。

ホントだ。

あ、

また、

 

ゴロゴロゴロ

光った、すごいの。

あ、

また、

 

ゴロゴロゴロ

すごいな。

明るい、向こうのほうまで。

すげぇ、戦争やってるみてぇ。

戦争ね。

 

ゴロゴロと、雨のザザザ、車の音が波のように聞こえて

本当に戦争なんか起こったら、どうするんだろ。

は?何言ってんの、お前。

未来を憂いてみただけ。真夜中。真っ暗。夜の海。雲行きアヤシイドマンナカ。アテも ツテもない。泣きつかれたら、弱いのよねわたし…

暗くなんなって。音楽かける?

 

明るい音楽、雷と雨と車の音と混じって、ちっとも愉快に聞こえない

うるさぁい。ねぇ、とりあえず飛ばして。

 

真っ暗闇の道
暗い海の底のような、行く先光りのない
アテのない、ツテのない道を、ひたすら走る
スピードあげて、ひたすら走る

   
おしまい
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