640話(2008年7月5日 ON AIR)
「 怪盗ももじと探偵アシアト 」

作 /樋口美友喜

ゲスト出演・新良(にいら)エツ子(兎町十三番地)

担当

僕の仕事は、まったく骨が折れる。だけど、

 

ピンポーンと、担当が先生の家のチャイムを押した瞬間
バタンと勢いよく開いたドアと、勢いよく先生

先生

捕まえて捕まえて捕まえて!

担当

え?え、先生、え、何を?え?

先生

早く早く、そっちいっちゃったじゃない!ああ、足元!

担当

あ、しもとぉ?

先生

やだ踏まないで!バカモノ!

担当

踏むって、何を?

先生

足あげたままにして!

担当

何もないですよ!

先生

ああ!もう!逃げちゃったぁ!あ~なんで素早く捕まえてくれないかなぁもう。

担当

あの、

先生

あんた何年私の担当やってんのよ。ああ、違うか、あんたまだ新人だったっけ?

担当

先生、

先生

私の作品大事にするのが編集の仕事でしょ?

担当

いいですかね?

先生

何がよ?

担当

足、降ろしても。

先生

あ?いつまでフラミンゴみたいなカッコしてんの?見ればわかるでしょ?もうどっかいっちゃったんだってば。

担当

えーと、何が?

先生

「か」を盗まれた。

担当

はぁ?

だから、「か」を盗まれたんじゃないの。「か」がないから、おかえりなさいって言葉が、お「」えりなさい、になっちゃうじゃない。お母さんが、お「」あさん、になっちゃうじゃない。困る、困るのよねぇ。

担当

先生。

先生

家族が、「」族になっちゃうのよ!?ゾクだよ、ゾク。児童絵本にあるまじき表現だね。

担当

先生、それは今書いてらっしゃる絵本の話しでしょ?

先生

そうよ、「怪盗ももじと探偵アシアト」さすが怪盗ももじだよね。すぐにかっさらっていっちゃうんだもん。そりぁあ、アシアトも探しあぐねるわけだ。

担当

先生、先生。ちょっとコーヒーでも入れますよ。何か煮詰まってるんですか?

先生

そうだよ。「か」を盗まれて煮詰まってるよ。

担当

ああ、お話しの、ストーリーがね、煮詰まって、

先生

せっかく昨日まで書いた原稿が、ほら見てよ。

 

バサリと、担当の目のまえに置かれた紙の束、そこに

担当

…先生?

先生

ね?大変でしょ?

担当

「か」が、ないじゃないですか。

先生

だからそう言ってるじゃない。

担当

いやいや書いてくださいよ。書き足せばいいだけじゃないですか。先生が作者なんだし。

先生

何言ってんのアンタ。

担当

は?

先生

一番はじめに怪盗ももじが盗んだ文字は「ら」だったんだよ。

担当

ですね。シリーズ第一弾は「ら」が盗まれましたものね。

先生

「ら」は戻ってきてないのよまだ。「食べれる」が「食べられる」に戻ってないでしょ?

担当

はぁ。

先生

解決されずに、次ぎは「か」を盗まれた。その次に盗まれる文字がよそう出来る?

担当

いや、全く。

先生

「つ」だよ。その次は想像出来る?

担当

いや、全く。

先生

想像しなさいよ。「か」「ら」「つ」ってきたら、次ぎは絶対「ぽ」に決まってるじゃない。

担当

はぁ。で?

先生

からっぽにしたいんだよね。怪盗ももじは。

担当

からっぽ?

先生

そ。私たちの世界の言葉からひとこと盗んで、私たちの世界の言葉をヒョウゲンするの。その一言が、

担当

「からっぽ」?

先生

そう。からっぽにしたいのよ。私たちの世界の言葉をね。わお。出来た。

担当

それなら探偵アシアトはどうするんですかね?

先生

もちろん追いかけていくのよ怪盗ももじを。

担当

それで?

先生

追いかけて、追いつくのよ。その行き先はももじが盗んだ、そう、「からっぽ」の世界に足を踏み入れる。わお。出来た。

担当

それでそれで?

先生

それから、探偵アシアトは…

担当

それでそれで?

 

それで、それで、と担当は繰り返し先生にギモンの呪文を言い続ける
それでそれで、それでそれで、その呪文だけが繰り返し聞こえるのだ

担当

僕の仕事は、まったく骨が折れる。だけど、僕の仕事には夢の続きがあるのだ。

   

おしまい。

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