642話(2008年7月19日 ON AIR)

「かたみのなごり」

作・杉山晴佳(あうん堂)
タンスの引き出しを開け閉めしている兄と妹。
これで大体まんべんなく行き渡ったんじゃない。
トキワのおばちゃんのとこ、これでいいのかなあ。おばちゃんうるさいからなあ。
大した付き合いもしなかったくせに。
だって、一番上のおばちゃんなんだから。
単なるお裾分けじゃないんだから。文句なんか言ってきたら私がビシっと言ってやるから。
頼むよ。
って、やっぱ頼むか私に。大体こういうのはあんたがビシっとやるもんでしょうが。
だって、
しっかりしなよ、もう45も過ぎたんだし。
そっちがビシっとしてくれるから。僕の出番なんていつもないじゃない。
なにそれ。私のせいでビシっと出来ないってか?あんたが頼りないから私はこうなったんでしょうが。
でもお父さんが亡くなる前から既に気は強かったでしょ。
あ、そう。
怒らないでよ。
あの時あんたがあんなにメソメソ泣いたりしなかったら、ここまではならなかったと思うぞ。
― あのさあ、
なに。
そろそろ、その「あんた」呼ばわりやめてくんない?
なんで。
って、一応兄なんですけど、僕。
何をいまさら。
― じゃあ ― 子供達と奥さんの前ではやめてくれる?せめて。
― ふうん ―
― 了解?
いちいち聞くなって。
えっとぉ ―
再びタンスの引き出しを開け閉めする妹。
あのさ、あんた ― 兄貴は覚えてないだろうけどさ、
なに?
親父が亡くなった時におふくろ泣かなかったよね、たしか。
ああ(少し曖昧気味)
親父に頼りっきりだったあのおふくろが。
まあ。
あの時は、あ ― 兄貴のメソメソがうっとうしくて大して気にならなかったんだけどさ、
そんなにメソメソしてたかなあ。
ひょっとしたら実はおふくろと親父の仲って良くなかったんじゃないかって大人になってから思ったりもしたけど、
そんな事ないでしょ。
だろうね。きっとあんたがあんまりメソメソしたから、ちょっとは自分がしっかりしなきゃって思ったのかもね。
お父さんが死んじゃったのがあんまりショックで涙すら出なかったのかもよ。
ま、それが一番妥当なとこだろうけど。今となっては分かんないよなあ。
今度は兄がタンスの引き出しを開け閉めをしている。
あ、これ ― もう一着残ってたよ。まだ貰うの決めてないでしょ。どう?これ。
いいよ。大体おふくろとサイズ合わないんだし。お宅のならサイズぴったりなんじゃない?
だと思うけど、貰っても着なくったっていいんだよ。ねえ、覚えてないかなあ、これ。
なにが。
ほら、お父さんが亡くなった日に着てたんだよ、お母さん。
― そっか。ふうん。
どっちに貰ってもらいたいかなあ、お母さん。
どっちだっていいんじゃない、そんなの。私はここで住み続けるんだし、わざわざ形見なんか貰わなくったって十分。
それもそうかなあ。
あのさ、
なに?
今回はメソメソしなかったじゃない。当たり前か。
えっとぉ ― 当たり前、です。一応。
おわり