644話(2008年8月2日 ON AIR)

「油絵の具で描かれた童話」

作・山内直哉
物語が始まる
僕の目の前にキャンバスがある。油絵を描く白い画材だ
私の目の前に彼がいる。油絵を描く白い男だ
僕は毎日油絵を描いていた
私は毎日彼を見ていた
ある日彼女がこんなことを言い出した
ねえ、私と油絵どっちが大切なの?
僕はどっちも大切だよと答えた
彼は緑と黄色で草原を描いた
彼女は黒と白で牛を描いた
牛の鳴き声が聴こえてくる
彼は丘の上に教会を描いた
彼女は丘の麓に教会を描いた。何で2つあるんだよ
ガソリン代のこと考えてる?
2つの教会の鐘が鳴る
ログハウスの横には大きな車。いくらすると思ってんの?
庭には222羽ニワトリがいる。うちは養鶏所か?
ニワトリの鳴き声がする
彼は赤白黄色でチューリップを描いた
彼女は画溶液でそれを消した
それを消した勢いで他のすべても消した
全部の音が消える
ねえ、私と油絵どっちが大切なの?
彼女はいつもそう言いたそうだった
彼は私に夢を語った
朝、ログハウスのテラスで、絞りたての牛乳と生みたての卵で朝食を取る。教会の鐘を聴きながら、平和だなあって、くだらないこと言って笑いあう。午後はドライブに出かけ、草原に走る一本道を、今にも離陸しそうな勢いで海まで走る。そして、空は…空は…
広い空は真っ白なまま、彼は創作を中断した
絵の具がなくなったのだ
ねえ、いつ完成するの?
もうちょっと待ってくれ
未完成の絵はどんどん乾いていく
それでも僕は、絵を飾り続けた
料理をする音
朝、ログハウスで卵焼きを作る。ふと、窓の外を見ると、空がない…
午後、卵焼きを持って、海に行く。しかし、目の前に広がる2分の1は、真っ白で…ふと、横を見ると、彼女も消えかかっていた
料理をする音が消えて行く
カーテンを開ける音
彼は部屋のカーテンを開けた。ああ、夕陽が綺麗…
彼女は窓を開けた。ああ、風が冷たい…
私は外に出る前にもう一度、彼の絵を見た。すると、そこには…
なんと…
男女
完成された絵があった
真っ白だった空が、真っ赤な夕焼け色に染まっている!
真っ白になった彼女が、真っ赤な夕焼け色に染まっている!
私たちは、絵の具がなくても綺麗な絵が描けることを知った
僕たちは、笑顔と涙で幸せ色を作り、キャンバスの裏に名前を書いた
そして、私たちは今…
ログハウスのテラスで朝食を食べている
草原の牛と222羽のニワトリたちが鳴いている
丘の上と麓の2つの教会の鐘が鳴っている
平和で幸せね
え? 何て?
平和で!
何? 平和? 聴こえない!
平和でえ!!幸せね!
え、平和のあと、何て!
し!あ!わ!
ちょっと、牛、黙れ!!
笑いあう男女