656話(2008年10月25日 ON AIR)
「 手袋と郵便局員 」

作 /中嶋悠紀子(プラズマみかん)

 

【登場人物】
・グリモ  …ぬいぐるみの兄
・パーヒー …ぬいぐるみの妹

   
 

かつて、この屋敷に暮らす老夫妻は、自分達でこしらえたぬいぐるみたちを、家族のように愛していた。
やがて、その老夫妻はこの世を去ってしまう。
しかし同時に、まるでこの夫妻が生まれ変わったかのように、残された"家族たち"に命が宿ったのである。
今日は、その末娘、パーヒーのお話

   
 

(SE)階段を駆け上がる音

   
グリモ

なんでデパートになんか行ったんだよ!

パーヒー

うるさいわね、どうしても欲しいものがあったのよ!

グリモ

よりによってそんな人の集まる所に行って、ぬいぐるみだってバレたらどうするんだよ!

パーヒー

大丈夫よ、帽子は深く被ったし、コートの襟も立てたもの。誰も私がぬいぐるみだってこと分かりゃしないわ。

グリモ

で、何買ったんだよ。

   
 

(SE)バイクの音
郵便屋が配達にやって来たのである。

   
パーヒー

郵便屋さんが来たわ!

グリモ

郵便屋さん?

   
 

(SE)階段を駆け下りる音と、紙袋を破り開ける音。

   
 

グリモの独白

   
グリモ

その郵便屋が来るや否や、妹は買ったばかりの袋を破り開けて外に飛び出していった。
袋の中身は、淡いピンク色の皮手袋だった。
そこでどのような言葉が交わされたのか、僕にはわからなかったが、郵便屋とのやり取りが終わると、妹は上機嫌で部屋に戻ってきた。

   
グリモ

どうしたんだよ、わざわざ手袋なんかして。

パーヒー

だってそうしないと、私達がぬいぐるみの家族だってことがばれちゃうでしょう。昼間はよく見えるからって、いつも怒るのはお兄ちゃんじゃない。

グリモ

手袋ならおばあちゃんが編んでくれたのがあるじゃないか。

パーヒー

嫌よ、あんな毛糸がモコモコしたのなんか。指が太く見えるじゃない。

グリモ

誰がお前の指なんか意識するんだよ。

パーヒー

しないとも限らないじゃない!

グリモ

誰が。

パーヒー

え?

グリモ

…あの郵便屋が?

パーヒー

どっ、どうしてそこであの人が出てくるのよ。

グリモ

お前もしかして、あの郵便局員のことが…なんじゃないかと…。

パーヒー

ばっか、何言ってるのよ。あの人は人間なのよ、そんなことあるはずないわ。

グリモ

でもおかしいじゃないか、最近毎日この時間になると、玄関をウロウロして。

パーヒー

それはねっ、最近ペンパルが出来てね、毎日手紙を書いているの。それを届けてもらってるだけなのよ。

グリモ

人間を好きになるのだけは、絶対に許さないからな。辛い思いをするのが目に見えてるんだから。

パーヒー

だから違うって言ってるじゃない。

   
 

パーヒーの独白

   
パーヒー

私は嘘をついていました。本当は私にペンパルなんていません。私が手紙を書いていたのは、神様です。
「神様、どうか私を人間にしてください。」

   
 

次の日の昨日と同じ時刻。
パーヒーは玄関先で、いつものように郵便屋を待っている。

   
グリモ

郵便屋さんは来ないよ。

パーヒー

え?

グリモ

今日はもう帰ったよ。

パーヒー

もうって、どうして教えてくれなかったのよ!

グリモ

昨日も言っただろ、人間を好きになっちゃいけないって。

パーヒー

え?

グリモ

本当はいないんだろ?ペンパルなんて。彼が言ってたよ。デタラメの住所で、届けられませんでしたって。

パーヒー

そんなはずないわ。

グリモ

どんなに神様に祈ったって、僕達は人間になれないんだから。

パーヒー

手紙を読んだのね?

グリモ

…ごめん。

パーヒー

まさか、あの人も?

グリモ

うん。

パーヒー

どうして読むの!ああ、もうお終いだわ!あの人に、私がぬいぐるみだってことが知られるなんて!

   
 

パーヒーは、外に飛び出して行く。

   
グリモ

おい!雨が降ったら帰ってこれなくなるぞ!

   
 

(SE)雨の音
パーヒーの独白

   
パーヒー

私は、街の中を闇雲に走った。どれだけの人が、私がぬいぐるみであることに気付いたのだろうか。やがて、雨が降ってきて、雨水を含んだ私の足は次第に重くなり、やがて、動けなくなった。ぬいぐるみが水に濡れるということは、人間でいうところの、死に等しいのだ。
しかし、私は、生きていた…!

   
グリモ

パーヒー!パーヒー!

パーヒー

私…。

グリモ

あの人が倒れているところを見つけて助けてくれたんだよ。

パーヒー

…あの人?

グリモ

お前が乾くまでつきっきりでドライヤーを当ててくれてたんだからな。

パーヒー

郵便屋さん!

グリモ

…もう帰ったよ。

パーヒー

そう。

グリモ

そうそう、これを君にって。

   
 

グリモが差し出したのは、新しい黄色の皮手袋である。

   
パーヒー

黄色の皮手袋…。これを、私に?

グリモ

あと、これも。

   
 

グリモは一通の手紙を、パーヒーに差し出す。

   
パーヒー

手紙?

グリモ

うん。

   
 

パーヒーは手紙の封を切る。

   
 

「この間の手袋は、水でグショグショになってしまったので、今度は僕が、新しいのを選んでみました。気に入ってもらえたでしょうか?
元気になったら、今度は、僕に手紙を書いてくださいね。」

   
グリモ

返事、しっかり書くんだぞ。

パーヒー

うん。

   
【終わり】
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