657話(2008年11月1日 ON AIR)
「 失敗したのは僕のほう? 」

作 /ごまのはえ

 

ひとごみ。

   

あ、

おう

   

久しぶりに松井理恵にあった。大学以来、だから8年ぶりだ。あの頃、僕らは同じ学生アパートに住んでいて、松井理恵は僕の斜め前に住んでいた。
大学四年生の秋。それは夕方の出来事だった。大学で友達と話していると。

「いま、どこ?」

松井理恵から電話。
「いま大学」

「帰ってきて」

「え?」

「10分まつ」

何がなんだがわからんが、なにかあったのかもしれない。すごくたいへんな何かが。
急いでアパートに帰ると、僕の部屋の前で松井理恵が米びつ抱えて立っていた。

「こめ。ちょうだいよ」

酔ってやがる。この女。なんだよ人呼び出して。でも逆らうのもめんどくさいしな。

   
グリモ

お米を入れる音。

   

「これくらい?」

「もっとだ」

   
 

お米を入れる音。

   

「これくらい?」

「よし」

こめびつを渡す。すると次の瞬間。松井理恵は僕んちのトイレにかけこんだ。

   
 

「どんどん」とドアをたたく音。

   

「おーい。大丈夫か?おーい」。返事はない。そのまま30分。一時間。もしかして、寝た?

「おーい。大丈夫か?」

(ドアの向こうから、泣き声で)「ごめんな。わたしなんか、いないほうがいいよな」

「え?」
松井理恵は泣いていた。泣きながらトイレからでて、米びつを抱えて、帰っていった。
それからしばらくして、同じアパートの別の女の子に、どうして松井理恵をフッたのか?と聞かれた。「フッた」?おれ告白なんかされてないけど。でも、松井理恵は俺に告白してフラれたと、言っているらしい。え?もしかして、あの日の、あれ?あれが告白?あれは‥、失敗だろ。
それから卒業まで僕は思い続ける。
「そうか、俺のこと好きなのか、そうか、松井理恵」
「でも、あの告白は失敗だよ、うん。松井理恵」
てっきり、いつか、もう一度告白してくるんじゃないかって、緊張したりして。
僕はすっかり松井さんのことが好きになってしまった。
でも何にもなく、卒業。

   
 

ふたたびひとごみ。

   

久しぶりにあった松井理恵は、ちょっとおばさんになってた。まぁそのぶん僕もおじさんになってるんだろう。

   

かわってないね、あんまり。

あ、そう。松井さんも。

あ、そう。そうかな。いま、何してるの?

フリーター。ぼーっとしてるかな。

へー。

松井さんは?

事務、事務、事務員。今はお休みだけど。

え?

赤ちゃんできて。あ、わたし、結婚してて。

へー。

去年の二月に。

おめでとう。

アハ、アハ、アハ、ありがとう。じゃ、また。ゆっくり。

   

松井理恵は去ってゆく。エビのように。後ろ歩きで、なぜか恥ずかしそうに。
ちゃんとしてるじゃん。松井理恵。ちゃんとしてるな松井理恵。
あの時、失敗したのは、僕のほう‥
‥なんて一概に言い切れないのが、人生だよね、きっと!

   
おわり
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