658話(2008年11月8日 ON AIR)
「 桃 」

作 /大正まろん

 

ひとごみ。

知らなかった。

そうだっけ?

そんなこと言ったことないじゃない。

聞かれなかったから。

聞かなくたって、言ってくれればいいのに。

だいたいさ、キミは「好き」とか言うとそればっか買ってくるから。

それは、喜ぶと思って・・・。

同じものばっかり出されると、アキたりキライにもなったりするわけで。

だから言わなかったの?

そんなことないけど。

そうだ、そうよ。

なに。

林檎とか梨は、皮をむいて出さなきゃ食べないのに、桃は自分で勝手に食べるもんね。

そうだな。

衝撃の事実。

おおげさだよ。

旦那の一番好きな果物を知らなかったのよ。二十五年も夫婦やってるのに。

ま、たまには入院してみるのもいいもんだ、ってことで。

のん気なこと言っちゃって。

明日から、桃ばっかり買ってくるなよ。

買いませんよーだ。季節はずれだから、きっとものすごく高いし。

・・・じゃあ、あいつ奮発したんだな。

その桃をくれたのって、

ハルオ。

ハルオが来たの?

昨日の晩、ふらっと。

あの子、父さん入院したってメールしたのに返事もよこさなかったのよ。

返事の代わりに、直接来たんだろ。

来るなら、知らせてくれたらいいのに。

新米社員は何かと大変なんだって。

そうなんだろうけど、ホント気が利かないっていうか・・・。

あいつ覚えてたのかな。

なにを?

ほら、ハルオが生まれた時、桃の木を植えたろ。

うん。

「俺はオトコなのに、なんで桃の木を植えたんだ」って聞かれたことがあって、小学校ん時かな。

桃が好きだから植えたんだ。

端的にいえばそうなんだけど。

祖父ちゃんちの裏の畑に桃の木があってさ。夏休みに行くと、桃の食べごろでね。ラジオ体操は寝坊してろくすっぽ行けない俺が、夜明け前に起きて、木の下に行って桃が落ちるのを待ってる。

もがないの?

一番旨いんだって教わったの。熟して木から落ちた、その桃が。

まさに完熟ってやつね。

そう。しかも落ちてすぐのでないと、虫がたかっちゃって食えないから、早起きして待つわけ。・・・あの美味い桃を、食わせたかったんだよな・・・。

我が家の桃の木は、花しか咲かないけどね。

そういう種類みたいだな。

さてと、炊事場で桃むいてこようかな。

お世話かけます。

ねえ。

ん?

・・・まだ、落ちないでよ。

・・・。

熟してないんだから。まだ。

あったりまえだろ。

   
終わってまた始まる
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