666話(2009年1月3日 ON AIR)

「とり除く夜」

作・樋口美友喜
旅人
「今年」をゴミ袋に詰めて捨ててやろうと思ったのに、それは除夜の鐘とともに「去年」 に変わってしまった。
ゴーン…と、除夜の鐘が鳴り響いた
商人
あんた、これいるかい?
旅人
そいつは自転車いっぱいに掃除用具をつめて、背中には細長い旗をはためかせていた。
「今年の汚れを来年に持ち込まない」これが人生のモットーね。
旅人
定住するところがない旅人だから、掃除をしなきゃいけない家などない、と言うと。
商人
その荷物は来年に持ち越すつもりかい?いらないものがあるなら今年のうちに捨てときな。
旅人
確かに。旅を繰り返すうちに膨れ上がる荷物。いらないだろうと思っても、これがなかなか捨てるに捨てられない。
商人
そのまま過去ひきずって未来を生きるのは、荷が重くないかい。
旅人
今年一年の蓄積が、僕の背中に重くのしかかる。
商人
そりゃいろいろあったろうさ、この一年。だけど、必要なもの、そうでないもの、見分けて捨てて整理して、「今年の汚れ、今年のうちに」掃除機具会社の回しモンじゃないさ。大掃除の途中で年が明けたら、年初めから掃除、ゴミ捨て、なんだか一年の始まりにケチがついたような気になったこと、あるだろうさ。
旅人
新年っていうくらいだからね、新しいものに囲まれたくなる気持ちは、まぁ、分かるけど。
商人
大掃除する家持ちじゃないなら、身辺整理だけでもやっときな。今年の初めにケチがつく。
旅人
そう言って、自転車のカゴから引っ張り出したのは、
商人
半透明ゴミ袋、20枚入りで500円。どうだ?
旅人
他で買ったほうが安いその値段。ふっかけるには理由があるらしく、
商人
モノ捨てる専用じゃあないさ。荷物は見えるものだけじゃないだろ?
旅人
意味深なことを言う。
商人
大きな酔い止め袋だね。買うなら使い方を説明するよ。口に袋をあてな。
旅人
口に!?と思わず大声だした。
商人
買うのかい?買わないのかい?
旅人
捨てるものなら先週買った週刊誌、もう使わなくなったホーローのカップ。穴のあいた靴下。流行遅れのマフラー。一度も使わなかったエコバック。毛先の割れた歯ブラシ、そういえば、あなたの分もまだ残ってたっけ。先の欠けたお箸、そういえば、あなたの分 もまだ残ってたっけ?
商人
ああっと!
旅人
そいつは僕の口にそのゴミ袋あてて、こう言った。
商人
もう捨て始めてるのかい?買いもしないうちに。
旅人
…え?
商人
捨てるものなら、なにも見えるものばかりじゃないさ。見ないもの専用のゴミ袋があったって、そりゃ当り前だろ?
旅人
…僕の、背中に、重く、のしかかる、
商人
捨てるなら、言葉にして捨てな。
旅人
僕は、500円玉をそいつにくれてやった。
ガサリと、ビニール袋の音がする
旅人
ビニールの匂いがした、とたんに、僕は吐き出した。
ビニール袋の中に旅人は言葉を捨てる
大声で、大声で、叫ぶように、だけど、ビニールの中で言葉たちはくぐもって
大声ではあるが、何を言っているかは分からない
やがて、ゴーン…と、除夜の鐘が鳴り出した
旅人
「今年」をゴミ袋に詰めて捨ててやろうと思ったのに、それは除夜の鐘とともに「去年」に変わってしまった。長い時間をかけたのに、あなたとの想い出は、そう簡単に捨てれそうにないみたい。
新年の町を、人々が通り過ぎる
新しい町を、人々が通り過ぎる
車のクラクション、足音、自転車のベル
その人ごみに混じって、商人は「今年」の商売をする
商人
あんた、これいるかい?
おしまい