672話(2009年2月14日 ON AIR)
「 笑いたくはないのだ 」

作 /樋口ミユ

サカイヒロト(WI'RE)

 

バタンと扉が開いて、その事務所にゲラゲラ笑う男がやってきた

すいません、ご相談したい依頼がありましてあはははは。

 

ゲラゲラと、男の笑う声がする

……じゃ、どうでもいいけどその笑いやめてもらえる?。

 

止まることなく、ゲラゲラとまだ笑う

バカにしてんの?だから、その笑いを…

 

さらにゲラゲラと笑う男

おい。

 

止まらない笑い声

笑うな。

 

笑うのを必死で止めながら

違うんです、違うんですってあははははは。

 

女は事務所の扉を開いて受付に声をかける

ちょっと!みよちゃん!なんで変な客通すのよ!?そういうの受付で止めてよ!
不景気だからってね、なんでもかんでも依頼受けちゃ駄目じゃないの!

いや、あは、あのね、あはは、結構切実な、依頼であはははは。

悪いけどそうは見えない。

だから困っちゃってあははははッは。
実はですねぇっへっへっへ、依頼というのがぁっは。

とりあえず笑うのやめてから話せば?

それが出来ないから困っちゃってぇぇぇ、えへ。

 

女はもう一度事務所の扉を開いて

みよちゃん、タオル持ってきて、そう、それでいいから、ありがと。ああ、受付票ね。
えー、高取さん?

はい。

はいこれ。笑いそうになったらかみ殺して。

お世話かけますぅふふふ。

で?

 

男は時々笑いそうになるときにはタオルを噛んで笑いをかみ殺しながら話す
女は男の話のメモをとる

あぁ、はい。実はですね、えぇと、先日結婚をしまして
新婚旅行に出かけたんです。

それで?

楽しくてね。もう、本当に楽しくて。旅行の間中、ずっと笑っていました。

新婚旅行だからね。

笑ってる真っ最中に、車が歩道に突っ込んできまして、

事故?

ええ。海外では車道側が安全だって本に書いてあって。

じゃあ、

僕は、擦り傷だけでした。

車の運転手は?

そのまま逃走したので、

分かった、その運転手を探してほしいって依頼?

いえ、探したところで彼女が帰ってくるわけじゃありませんから。

じゃあ、

あははははははははは。

ちょっとかみ殺して。あのねぇ、

はい?

笑いながらする話じゃないでしょう?

そうなんです。

だったら、

楽しくて、本当に楽しくて、その真っ最中だったから、
ひとつの、ショック状態が続いているようで。笑いが止まらなくなっったんです。

とりあえず病院行ったら?

行きましたよ。でも、異常ナシで、困ってしまって。

ね、ちょっと待って。お宅なんの依頼?

ここ探偵事務所でしょう?

そう、しかも優秀な。私のことね。とくにひと探しには定評があるの。

だから来たんじゃないですか。

誰を探せって?亡くなった奥さん?そういう無茶言わないでよ。

僕です。

…ぁ、えっっっ?

僕を探してください。彼女と出会う前の、しかめっ面の僕を探してほしいんです。
そうしたら、思い切り、泣けるでしょうから。

 

男は笑いながら言う
笑うたびに、タオルを口にほおりこみ、笑いたくない笑いをかみ殺す
そのかみ殺す声が、笑い声が、
いつのまにか泣き声のように聞こえるかもしれない

   
おしまい
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