678話(2009年3月28日 ON AIR)
「 春の嵐 」

作 /大正まろん

 

昼の公園。
桜の木が眺められるベンチに男が居り、人待ち顔である。

佐々木さーん、こっちこっち。

はあい。よくまあ、そんな特等席がとれましたね。

たまたまね、入れ替わりで空いたもんで。

今年もきれいに咲きましたねぇ。

・・・ほんとうに。

小山さん。これ、退職祝いなんですけど。

そんな、気を使っていただいて、

ささやかなものですんで、もらってやってください。

なんだろな。

男の方へプレゼントなんて、久々すぎて何を選んでいいかよくわからなくて、

・・・料理の本ですか、いや嬉しいな。

小山さんもこれからは奥様になにか作ってさしあげたら、なーんて。

ははは。

少々おせっかいでしたかね。

いえ、ありがとうございます。

私もあと半年で定年です。

そうですか。じゃあ僕からもなにかプレゼントしますよ。

忘れてください。

え。

もう会社のことなんてすっかり忘れるくらい、第二の人生を満喫していてほしいなって。

どうなんでしょう。何者でもないという自分が想像できません、まだ。

あの、じゃあ、最後に一つだけお願いが。

なんでしょう。

厚かましいんですけど、小山さんのお弁当にいつも入ってる玉子焼き、一ついただけませんか。

この玉子焼きを?

美味しそうだなってずっと思ってたんです。私、すごく下手で。

少し強めの火加減で焼いてますか?

弱火じゃだめですか。

はい。それとね、ほんの少しだけお酢を入れるといいんです。

お酢?

卵が固まりにくくなって、しっとり仕上がります。

なんだか小山さんが作ってるみたいな口ぶり。

・・・作ってます。

え、玉子焼きはご自分で?

実はですね、今日こそは言うつもりでいたんですが、

はい。

毎日弁当を作ってたのは僕なんです。

でも奥様がって、

嘘をつくつもりはなかったんです。こっちに転勤になって、佐々木さんと最初に休憩室で会ったときね、褒めてくださったでしょう。彩りがきれいだって、恥ずかしくて、つい女房が作ってると言ってしまって。

ひょっとして奥様、

十八年前に・・・。

辛い思いをさせてしまったんじゃないですか?

いえ。言ってるうちに、あいつが作ってくれたような気がしてきてね。それはそれで楽しかったです。

ほんと鈍感ねえ私ったら・・・。

佐々木さん、

はい。

玉子焼きどうぞ。

あ、いただきます。

佐々木さん、

はい。

あなたを忘れるなんてできないです。だから、つまりその・・・お友達からはじめてくれませんか?

美味しいです。

え。

じゃなかった、嬉しいです。

   
 

春の風が吹き抜ける。

   
終わってまた始まる
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