68話(1997年7月18日 ON AIR)

「プロポーズ」

作・松田 正隆
登場人物

老婆の後ろ姿を見送る、流れ星。…ある日、どこかでの男と女の会話です。
例えばセックスを終えた男女がベッドの上から 天井を見つめつつ何気なくかわす会話かもしれない。
場末の汚れたラブホテルなんかで。
なあ…。…なあ…。
…。
なあて…。
うん?
ねてんの?
…うん…。
間。
あ、そうや…。
うん?
結婚しよう。
うん。
え?…ほんまに?
ほんまや。
ええの、オレで。
ええよ。
何で。
何でって。
何で、オレでええのやろか。
何でやろ…。
他の人でもええのとちがう?
うん…そうやね…。それもそうやけど…。じゃ、何であんたは私でええの?
うん…何でやろな…。
何や…あんたも言えへんやん。
そうやな…。
別にええやん、…あんたで…。
別にええやんで結婚するんか?
うん、しゃあないやろ。あんたかて、私で別にええねんから…お互いさまやん。
そういうもんなんか?
そういうもんや。
人はそういうふうに結婚するもんなんやろか。
ほな人はどういうふうに結婚するもんなん?
えっと、そうやな…。
考えなあかんのやったらええやんもう、結婚しよう。
ちょっとまてや。
もうええやんか、結婚するねんから、私たち…。
ま、そうやけどな…するんやけど…。…するんやな、ぼくら、結婚。
するんやろ何言うてんの、する、言うたやん。せえへんのか?ええ?
するよ。
何や。怖気づいたんか?
何で怖気づくねん。
何べんもそんなこと言うから。
確認してんのやないか。
確認せなあかんほど不確かなんか、私たちの結婚は。
いや、そうやないやろ、確認して、より確かなもんにするんやないか…。
そんなことせんでも確かなもんなんやろ。何べんもごちゃごちゃ言わんでもええやんか。
じゃあ、ごちゃごちゃ言わなあかんほど、確かなことではないんやオレらの結婚は。
そんなことないわ。確かなことやんか。私がいて、あんたがいて、それだけでええやん…結婚しような。…ええやろ。
…うん。
ええねんな。
うん…。…確かな、ことか…。
確かなことやん。
…間。
…結婚したらどうすんのん?
え?どうするって…。
生活すんのやろ…子供産んだりして。
そうやなあ…。
私、先に死ぬ思うわ、…あんたより。
何で。
何でやろ、わからへん、そんな気がすんねん。
オレの方が先やろ。
いや私やねん。
え、何で。
そやし理由なんてあらへんねん。…私の方が先にいくような気がすんねん。
何やそれ。
ええな、あんたは、…長生きして。
ええ?
私が死んだら、他の女つくって再婚すんのやろ、いやらしい。
何でやねん、そんなことせえへんわ。
いや、そうやねん。あんたなら、そうするに決まってるわ。
何でや。
また、ワケを聞く。そやから理由なんてない言うてるやろ。
…もう、それは決まってることやねんから…。淋しいわ…。
私…。
お前が勝手に決めてるだけやないか…。
そうや…。勝手や…。私が勝手に決めてんねん。
何やそれ。
私、死んでもどこへも行かへんねん。
…どういうことやねん、それ。
あんたの近くにおる思いますわ…。
近くにおってどうすんねんな…。
見てんの…あんたんことを…。
オレを?
ええやろ?
ええけど…。オレからはお前が見えへんのやろ。
時々、見えるようにしたるわ。
したるわって…ええわ、そんなん…。
コワイんか?
別にこわないわ…。
こわいんやろ。
それで、お前と俺は話でもすんのか?
そう、話しすんねん。いろいろと。
そやけど…そんとき…お前は幽霊なんやな…。
こわいんやろ。
こわないって…。
…幽霊になんのは、いややね。
いやか…。
うん。
お前、自分でこわいんやろ…。
うん。
何や、それ。
だって幽霊ってほんまにおるんやで…。
へえ。
おばあちゃんが死んだとき見たような気がすんねん。
見たような気ってどういうことやねん。
障子のかげのとこで、何か、見たんよ…。
…。
おばあちゃんは私を一番可愛がってくれたんよ。
そやし、今でも眼をつぶると、おばあちゃんの笑っとる顔が見えるんよ。
それが幽霊なんか?
…うん…。
何や、それ…。あ、そうや。
え?
思い出した。
何を。
何でお前と結婚しよう思うたんか…。
何で?
オレな…ここに来るまで…こうしてお前に会うまで…
ちょっと考えたんや…。人のいっぱいおるとこ歩きながら…。
この人ごみの中から友だちや恋人を探し出すのんは、ごっつう大変なことやなあ…て…。
そんなことより、つまり、友情や恋愛なんてしみったれこと、あーだ、こーだ考えるより、そんなことに区別ない方がええのんとちゃうかなて思うたんよ。…この人ごみの中の人々が、みんなお前と同じような顔してたらええのになあ…て…。
な、そうやろ、オレかて、みんなと同じような顔してたら、オレと結婚すんのも楽やで…。そう思わへん?
…何言うてんのかわからへん。
…そうか…。そうやな…。とにかく、まあ…結婚しよう。
うん…。…二人は…だまって、天井を見つめている。
…なあ…。なあ…。
…。
…なあて…。
うん?
ねたん?
…うん…。
ねてんのに答えてんの?
そうや…。
何で?
何でやろ…知らんわ…。
…ほんまにねてんの?…
うん…もうずいぶんまえから眠ってんねん。
じゃ、これはねごとなん?
そうやなあ…。ねごとなんやろか…。
ほな…おやすみ…。
おやすみ…。
…間。
なあ…。
何やねん…。
…。(フフフ…と笑っている)
お断り ※一部、尾形亀之助詩集より、参考にしました。