686話(2009年5月23日 ON AIR)
「 嘘とビール 」

作 /樋口ミユ

田嶋杏子(デス電所)

 

真夏の屋上
ジョッキがぶつかり合う音
会社帰りのサラリーマン、合コンの男女、学生たちの酔っ払い、笑い声、
響きあう会話、その中から

だから、別れたって。

 

言ってすぐにビールを飲み干してプハー

言わなかったっけ?言った、言ったよ。

 

と、同じテーブルの誰かに話しているのだろう

え?どのくらいって、うーん、2週間?くらい?あ、すいませんビール。

 

と、通り過ぎるオネエちゃんに注文した

短くないよ、限界振り切ってたんだから。俺かなり我慢強かったと思うけどなぁ。あ、確かに、確かに美人だったけど、なぁ、ないわ。ありゃないわ。何?じゃお前1回付き合ってみろって、痩せるね、痩せ、細るね。

 

ドン、とジョッキがテーブルに置かれて

あどうもーかんぱーい。

 

どうでもよく乾杯して、ちょっと唇をしめらせる

だってさぁ、ホンキの嘘つきだったから。あれだよ、えーと、一番初めが、

 

相手が何か言った?

そ。それ、あ、俺話したことあったっけ?「あたしひとりぽっちだからぁ…

 

ビアホールのうるささは俺の耳には入らなくなって

あたし

あたしひとりぼっちだから。

で、身の上話しが始まるんだよ。「駅のゴミ箱の…

あたし

駅のゴミ箱の横に毛布でくるんで、ポイって。物でも置くみたいに。
あたしはそこにいたのね。

「でもあたしは運がいい…

あたし

でもあたしは運がいいね。うん、運がいい。

あ、そっかぁ…俺話したなぁ。そんなことがあっても笑ってるような子なんだ、とか言って、バカじゃねぇの俺、だって次の日、

あたし

はぁー!何言ってんの?あたし5人家族だよ。

その次の日には、

あたし

5人家族?ううん、母ひとり子ひとりだけど?それがどうかした?

 

キン、とジョッキがぶつかった

そのくらいって言うなよ。それだけじゃなくて、

あたし

仕事?デパチカで試食のおねえさんやってるの。

もちろんそれも嘘。

あたし

あれ?美容師見習って言ってなかったけ?

それも嘘。

あたし

営業事務なの本当は。

嘘。

あたし

ていうか、今は働いてない。職探し中。

嘘。

あたし

だって、専門学生だもん。

嘘。

あたし

え?ヨーコ?ああ、あたしのことか。

嘘。

あたし

そう、カタカナで、ヨーコ。

嘘つきだ。

あたし

うん、そう。あたし嘘つきなの。

からかってるんだ?

あたし

違うよ。わざと、嘘ばっかりにするの。

ああ、そう。ホンキでからかってるのか。

あたし

違うよ。嘘並べてると、本当の本気がひょっこり見えてくるから。

ナニ言ってんの?全然分からないんだけど。

あたし

だからね、ひょっこり出てきたの。明日もね、会いたい。

それも、嘘?

あたし

違うよ。

嘘だ。

あたし

違うよ。こうしないと、自分で本気が分からないだけ。

 

ガヤガヤと、ビアホールが戻ってきた
ジョッキがぶつかり合う
誰かの笑い声
俺はビールを飲み干して

あれは…本気の嘘か、本当の本気か、どっちだったんだろ…?
      ビアホールの灯りはまだ消えない
      俺は何杯目かのビールを頼んだけれど
      どのくらい飲んだか、もう覚えてはいない

   
おしまい
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