7話(1996年5月17日 ON AIR)

「この世の果て」

作・松田 正隆
汽笛。単調な列車の音
私(N)
父が死んだ。山合いの小さな養老院。そこが父の死に場所だった。危篤の知らせを聞き、駆けつけてみると、父はもう死んでいた。父の体はやけに小さく、人は死ぬと小さくなるのだと思った。山の上の火葬場の煙突。風になびく白いけむり。父は空にのぼっていった。母が死に、父が死に…。私はもう、本当にひとりっきりになったのだった。各駅停車の汽車に乗り、とりあえず東京行きの新幹線の通っている駅へと行くことにした。明日から、また、いつもの生活が始まる。
汽車の止まる音。
私(N)
…ある無人駅で、汽車は停車した。男がひとり乗り込んで来た。
「あの、ここあいてますか。」
「ええ…。…どうぞ。」
男、座席に座る。
(心の中で)他にも席、たくさんあいてるのに、いったいどういう つもりなんだろう…。
汽車、発進する。単調な列車の音、ふたたび…。
私(N)
夕方の光も消え去り、外には真っ暗な夜が広がっていた。窓に、私の顔が映っている。…いつもと同じような顔。父が死んでも私は泣かなかった。…いつか、こんな日がやって来ると覚悟していた。…明日からの仕事のことを思えば泣いている場合ではなかった。
男は本を読んでいた。しばらくすると、うとうとと居眠りをし始めた。真っ暗な夜の中、一軒の家のあかりが、ずーっと流れていった。(間)私は少しがっかりした。何を期待していたのだろう。たとえば、男が、こう話しかけてくることだろうか。
「どこまで行くんですか?」
「…東京まで…」
私(N)
…男はやがて、こんなことを言う。
「よかったら、次の駅で、私と一緒に降りてもらえませんか。」
「は?」
「その町で、あなたと二人で一緒に暮らしていきたいんです。」
私(N)
…私は、何だか、そのようにかたっている男が父におもえてならなかった。そして、それを聞いている私は、実は母なのではないか…。母はきっと、このように父にくどかれ、その町で父と結ばれ私を産んだのではないだろうか。そして、真っ暗な夜の平原にともる一軒の家の灯を、守り続けたのではなかったか…。
汽車の止まる音。
「…はっ…?」(と目を覚ます)
「…あ。…目、覚めました?」
私(N)
いつの間にか眠ってしまっていた。…汽車はまた、どこかの無人駅に停まっていた。
「下り列車との待ち合わせですよ。」
「…。ここ…どこですか?」
「さあ…。どこなんでしょう…。」
闇の中、遠く、虫の声、カエルの声、…かすかに…。
私(N)
「…あたりには、ただ、闇が広がっていた。…かろうじて客車の電灯が窓枠の分だけ、石のプラットホームを照らしている。この世界に、私にとこの男だけしかいないのではないかと思った。
「…これ、食べません?」(と差し出す)
「え、…あ、(と受け取る)…ありがとう。」
私(N)
掌の上に、みかんがひとつ。それを、ゆっくりにぎりしめた。(間)
「あの…。どうかしました?」
「はい?」(と自分でも驚いて)
私(N)
みかんにボトボトと、涙がこぼれ落ちていた。
ガタンとゆれて、汽車が発進する。汽笛、遠ざかる。