702話(2009年9月12日 ON AIR)
「 合唱世界 」

作 /サカイヒロト(WI‘RE)

 

急ブレーキ。

「あの・・大丈夫・・なんですか?」

「え?」

「いや、え、じゃなくて。倒れて・・ます・・よね?」

「誰が?」

「あなたが」

「ああ、なるほど」

「なるほどって」

「調査をね」

「はあ・・ま、なんでもいいんですけど・・とにかく、私のせいじゃないって・・」

「黙って!・・ほら、聞こえるでしょ」

「ええっと・・」

「うん、聞こえる・・はっきりとね。声が、聞こえます」

「・・地面から?」

「声、です」

「ないてるんですよ」

「この下にはね、川が流れてるんですよ」

   
 

瞬間、街のざわめきがピタリと止まった。気がした。

   

「流れて、た」

「流れて、る。何十年も前にね、川に蓋をしてしまったんですね。暗渠(あんきょ)、というやつです」

「埋め立てたんじゃなくって?」

「ただ、蓋をしただけ。だから、今もまだ水が流れてます。遠くの川やら近くのドブやらと繋がってます。繋がってますから、迷い込んでしまうんです。犬やら、ネコやら」

「・・そういえば」

「ん?」

「昔、子供の頃。近所のドブ溝の中に子犬が棄てられてて。家族みんなで助け出そうとしたんだけど、すごい怯えてて。もう人間なんか信用するもんか、みたいな感じで」

「でしょうねえ」

「結局、ドブの奥に、ずっとずっと奥に逃げ込んじゃって。私、泣きながら追いかけようとしたんだけど、お父さんに止められて、もうあきらめろって。私、それから何日も何日も泣きながらくらい穴の中を覗き込んで。でも・・」

「よく、あるんですよ、そういう事」

「・・すっかり忘れてた。あんなに悲しかったのに」

「そういう迷い犬や迷いネコはね、たくさんいます。群れを作るくらい、沢山います。人目を避けて、見えない川から川へと移動しながら暮らしてるんです」

「見えない川の、見えない犬やネコ・・ああ、調査って、もしかして、それを」

「いえ」

「違うんですか?」

「迷子ではありますが。犬やネコじゃあ、ありません」

「じゃあ・・」

「人間ですよ。迷子の、人間の、子供たち」

「そんな、まさか」

「みんな、そう言って笑います。誰も真面目に聞いちゃくれません。けどね。いるんですよ。だってほら」

   
 

その男は、道路にうつぶせになって目を閉じている。

   

「聞こえます。ないてるんです」

「・・」

「あなたも思いますか?私の頭がおかしいんだって」

「いえ・・そんな・・」

「そりゃ確かにね、警察や役所の連中は、何も見つけられませんでしたよ。何も、です。でしょ?遺体だって、見つけちゃいないんです。ハハ!当然ですよ!だってあの子たちは、隠れてるんですから!見えないんですから!・・でも声は聞こえる。見えなくても、あの子の声は・・」

「・・あの子?」

「・・すみません。少し、話しすぎてしまいました・・」

「何が、あったんですか」

「そこの道を左に曲がってまっすぐ行けば、大通りに出られますから」

「もしかして、それって、あなたの・・」

「・・もう行かないと。調査の続きが。それじゃあ」

「あの!」

   
 

男は立ち去った。街のノイズがふたたび聞こえてくる。

   

「見えない川。私の、足の下に」

   
 

女は道の真ん中に横たわった。

   

「・・アスファルトって、こんな冷たいんだ・・」

   
 

片耳からは街のざわめき。もう片方の耳からは・・

   

「・・聞こえない・・なんにも・・聞こえるわけ、ないじゃん」

   
 

本当に?

   
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