714話(2009年12月5日 ON AIR)

「シンパシー」

作・大正まろん
これが最後の石段です。お疲れ様でございました。
(長く続いた石段を登りきり)ふう・・・ああ、登った登った。
あれが、例のイチョウの樹です。
おー、なかなか立派なイチョウさんだ。
ええ。なんでも弘法大師様が手植えされたとかで、その樹齢は1200年、
それはないな。
ない?
イチョウは、裸子植物でしょ。
らし、植物?
裸の子と書く。理科で習わなかった?
聞いたことあるような・・・。
裸子植物はさ、種(タネ)で増える植物のさきがけ、もしくはハシリってやつ。
はぁ・・・。
要するに植物としては原始的で、未発達な部類なわけ。
ええと、それがこのイチョウの樹齢と何か関係するんでしょうか?
おわかりにならない?
すみません。
いえ、こちらも教養をひけらかしたかっただけだから。
え?
ヤダ冗談よ。笑って。
どこまでが冗談で、どこまでが冗談じゃないのかさっぱり・・・・。
原始的で未発達なイチョウは、新世代の被子植物たちが台頭するにつれ、生存競争に負け、絶滅していった。最終的には、中国に分布するたった一種のみになっちゃったのね。
へえ。
そして、中国から日本にイチョウが持ち込まれたのが、鎌倉時代あたり。
イイクニツクロウ鎌倉幕府。
つまり、日本のイチョウの樹齢は、九百年以下ってことになる。
え、じゃあ、看板に偽りありになっちゃうじゃないですか。これ相当マズいですよね。
まあ、この説が絶対に正しいってことはないから、いいんじゃない。
いいんですかねえ・・・。
それにしても、この時期に紅葉してないって変ね。
せっかく紅葉狩りにお越しになる方もがっかりなさるし。ぜひ樹のお医者さんである先生になんとかしていただきたいと、
まるで時を止めたみたい。
イチョウがですか?
7月あたりから葉が成長していないんだけど、何かあった?
え、そんなまさか。
心当たりある?
大切な人を失いました。・・・できることなら時間を巻き戻したい。そう想い暮らしてきました。
あなたの想いに応えるようにこのイチョウは時を止めた、のかも。
のかも?
ああ、えと、私はまだ見習い中でね。先生が今朝、腰をギックリやっちゃって、代理で来ることになったわけ。サンプル採取して、ちゃんとした診断は先生がするので、さっき私が言ったことは忘れてね。
いや、でも、ドキッとしました。
イチョウの葉って、驚くほどに一枚一枚形が違うのを御存じ?
そうですか?
ぼーっと見てるとわからないわよ。じいっと見てごらんなさい。切れ込みや大きさや扇のカーブ、どれ一つとして同じ形がない。
ここからじゃ、あんまりよくわからないですね。
人も同じ。
え。
同じようだけれど、違うのよね。
ええ。
だから、はっぱ一枚一枚、樹、一本一本、人一人一人。日一日一日、愛おしいなあって思っちゃうのよ。私はね。
・・・この樹にまた時が流れはじめて、落葉したら、手にとってよーく見てみます。
一枚一枚。
ええ。
二人、まだ青々としたその樹を見上げる。
終わってまた始まる