725話(2010年2月20日 ON AIR)
「象と骨」

作 /平野 舞

ポキンと小さな音がして、足元を見ると、
骨のカケラがひとつ、ひからびてありました。

   

「こんな大きい象にふまれるとは思わなかった。」

と骨が言ったので、ぼくはあわてて答えました。
「考え事をして、うっかりぼんやりしてしまいました、ごめんなさい。」

「それじゃあしかたないわね。それにしてもこんなところに象だなんてめずらしい。
散歩かなにか?」

「いえ、探し物をしてるんです。長いことずっと。歩いて歩いていつのまにかここにたどり着きました。」

「探し物。」

「今度は象なので、どうやらずいぶん遠くまで来れたみたいです。」

「今度は?」

「はい、ぼく今は象だけど、もっと昔はキリンでした。」

「なんでまた。」

「キリンだったら、長い首でどこまでも見渡せるし、探し物が見つかるんじゃないかと思って。」

「なるほど。」

「オオカミだったこともあります。すばやくて鼻がきくし、仲間もいるしね。」

「それは心強いね。」

「せまくてちいさな場所を探そうと思って、ネズミにもなりましたし、より速く移動   できるようにとチーターにもなりました。でも残念ながら探し物はいっこうに見つからないまま、ずいぶん時間が過ぎてしまって…。」

「ねえ、その、探し物って何?」

「それが…忘れちゃって。」

「忘れちゃったの?」

「あれこれいろんな方法でいろんなところを探してるうちに、一体何を探してたのか
わからなくなってしまったんです。困ったことに、探し物をしながらそれが何だったのかを探している、というわけなんです。」

「思い出せないのね。」

「だから今度は、できるだけ長く生きて、ぼくが探してるものが何なのかを探すために、象になってこうやって歩き続けているんです。」
ぼくは足元の骨のカケラに顔を近づけました。
「あなたを思わずふんでしまって、ごめんなさい。」
カケラは粉々になったまましばらく黙っていました。
小さく乾いた白いカケラは、土にまじって今にも見えなくなりそうでした。

「あなたがね、今ふんでいるのは、私のアバラ骨。」

「え?」

「思い出した。私もずっとここで待っていたんだった。」

「何を?」

「それはね、私の…」

ぼくがぼくの大きな足裏を持ち上げたその時、風がひとときふいたかと思うと、骨の最後の一片をさらっていきました。ちりになって舞い上がったその粒はぼくの目をかすめ、ひんやりとした痛みに、ぼくは思わずまぶたをとじました。

   
おわり
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