726話(2010年2月27日 ON AIR)

「レコードはすべてを語る」

作・山内直哉
ゲスト出演・村井友美(シアターシンクタンク万化)
父の書斎
針音たっぷりのクラシック音楽が鳴っている
音楽は例えば“バーンスタイン指揮モーツァルト交響曲第40番”
お父さん、さっきの話だけど
もう寝なさい
ちょっとだけ話聞いて
あいつはダメだ
お父さん…
おやすみ
ちょっと会っただけで判断しないで
父、レコードを止める
ちょっと会っただけで分かるんだよ、人は
あんな短時間で分かるわけないでしょ
分かる。人間はな、レコードと同じなんだよ。名演か駄演かはジャケットを見ればすぐ分かる。それにな、重量盤って知ってるか
重量盤?
レコードにはな、重さがあるんだよ。上等なレコードは重いんだ。回転する時に安定するからね。あいつには重さも溝の深さもまだ足りない。まるでソノシートだよ
ソノシートって何?
え、薄いビニール素材のレコード。おまえも小さい頃、聴いてたじゃないか。“魔女っ子メグちゃん”毎日のように歌って踊ってたから、お父さんも覚えてしまってさあ…♪子供だなんて~思ったら~(←メロディーが合っていない)
全然違うんだけど
いやあ、楽しかったなあ
ねえ、今聴いてたレコードは、何?
あ、気になる? “バーンスタインのモーツァルト40番”
それはいつ頃から聴いてるの?
3年前くらいかな
あまりいい演奏じゃなかったね
そんな、今聴いたぐらいで…
でしょ? 私も3年くらい付き合って、相手のことはよく分かってるの。さっき会っただけのお父さんに彼の良さが分かるわけないと思う
…真紀は、LPって知ってるか
LP?
コレ
ああ…
父、別のレコードを取り出しながら―
半透明の薄い袋からレコードを取り出す音がする
レコードにはな、色んな大きさがあるんだよ
ちょっと、話逸らさないでよ
いいから、聞きなさい。このLPってのはな、33回転盤とも言うんだ。コレを聴く時はプレーヤーの回転数を33回転に合わせる。ところが、この33回転にしたままで、ソノシートを聴くとどうなるか。分かるか?
さあ…
ソノシートってのは、45回転なんだよ。だから、33回転で聴くと…♪子供だなんて~思ったら~(←スローな歌い方で)ってなる。分かるよな?
うん
どうだ。そんな“魔女っ子メグちゃん”は。え? 気持ち悪いだろ
うん、気持ち悪い。メロディーが違うから
お父さんはな、LPの真紀と、ソノシートのあいつが、うまくやって行けるとは思えない
でも、結婚って、そういうもんじゃないの? 回転数の違う二人が、うまくやっていかないとダメってことくらい分かってるよ?
あいつはやめときなさい
何で?
真紀には合わない
私が合うと思ってんだからいいじゃない
…まあ、音楽でも聴こうか
ねえ、話逸らさないでよ!
もう話すことはない
…私はあの人と結婚します
ダメだ
父、レコードに針を下ろす
たっぷりな針音が走る
お父さんがこんな話の分からない人だとは思わなかったよ
レコードはね、この針音がいいんだよ
レコードレコードって。勝手に聴いてればいいじゃない。こっちも勝手にするからね!
書斎を出て行く娘
勢いよくドアが閉まる
レコードから、メンデルスゾーンの“結婚行進曲”が流れる