732話(2010年4月10日 ON AIR)
「春よ、こい!」

作 /樋口ミユ

高層ビルディングの群れ
車ばかりが通る。
交差点は休まない。
そんな都会の片隅の、公園。
ブランコに乗る、二人。
ギーコ、ギーコ、ガシャン、と、どちらかがブランコから飛び降りた。

  
ハジメ

決めた。あたし、大木切る人になる。

オワル

はっ!?

ハジメ

大木切る人だよ。なんっていうんだっけ、そういう職業、斧もってほーいほーいって 感じの。で、その人たちは毎日庭で野菜とか育てて暮らしてるのね。
で、年に一本だけ大木を切り倒すのが仕事なの。すごくない?
山の中で、星と一緒に眠って、太陽と一緒に目覚めるの。すごくない?

オワル

えらい優雅じゃん。

ハジメ

優雅じゃないよ、自然の中で暮らすんだから。けど贅沢だよね。命と一緒に生きてるん だからさ。あたし思うのよ、これからは、大木だよ。クルね。流行るよ。
大木ブーム、若者殺到するよ。その前に、なっちゃうの。厳しい倍率になる前に、 その大木切る自然生活者になっちゃうんだよ。

オワル

暮らすの?山ン中で?

ハジメ

そう。

オワル

テレビとかある?

ハジメ

ないわよ。ん?あるかもしれないけど、必要ないじゃない。
窓を開ければ、山、空、草原、実った野菜の庭。それだけで十分じゃない。

オワル

近くにCDショップないんだろ?

ハジメ

小鳥が音楽奏でてくれるわよ。

オワル

どこで服買うの?ユニなんとかあるの?

ハジメ

ないよ、山ン中なんだから。

オワル

ヒートテックないと真夏でも寒いんじゃん?

ハジメ

買い物は時々山おりて町にくればいいんじゃないの?

オワル

急に病気になったらどうすんだよ?救急ないじゃん。

ハジメ

そこまで知らないわよ。

オワル

なりたいんだったら、詳しく調べないと。
なってから、やっぱりヤダーっつっても駄目だよ。
年に一本大木切り倒さなきゃならないんだろ?

ハジメ

そ、そうね。

オワル

で、その採用試験ってどんなの?

ハジメ

へ?

オワル

履歴書どこ持っていけばいいの?

ハジメ

え、

オワル

資格何がいるの?

ハジメ

…えーと、

オワル

駄目じゃん、ちゃんと下調べしとかないと。

ハジメ

う、うん…

オワル

あ。俺、次の面接だから行くわ。

ハジメ

あぁ、あたしも次あるんだった。

オワル

え、大木切るんじゃないの?

ハジメ

え?

オワル

ならないの?

ハジメ

…なれないよ。

オワル

ん?

ハジメ

なんにも、なれないよ。あたし。ずっと駄目だもん。まだ一個も、内定決まらないもん。

オワル

俺もだけど。

ハジメ

だから、もう、山にでも、行くかって、

オワル

あのさ、それってスゲー失礼じゃない?

ハジメ

うん。そう思う。たぶんあたし一日持ちゃしないと思うもん。

オワル

頑張るかなー、30社目。

と、オワルもブランコから飛び降りた。

ハジメ

あたし40社目だよ。

二人は、少し笑った。

オワル

あーぁ、早く春こねーかなぁ。

二人は駅への道を走る。
交差点は休まない。
町は動き続けている。
ブランコが風にゆれた。

  
おしまい
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