748話(2010年7月31日 ON AIR)
「姉と、弟」

作 /樋口ミユ

ゲスト・キキ花香(劇団子供鉅人)

姉 

イーーーーーー、ハァッッッ!!!

まるで真珠のネックレスが切れて、何十個という真珠がバラバラと床に散らばる。
ような音がした。まるで。それそのものの、音。
バラバラ。

姉がまたブチ切れた。

ふぅと、弟は小さな溜息。

僕は溜息をついて、ちりとりと箒を取り出す。

ざ、ざ、ざ、ざ、と床を吐く。

家のリビングのフローリングのホコリと一緒に、

ざ、ざ、ざ

コロコロコロコロカラコロコロコロ

ざ、ざ、ざ

姉をちりとりへと追いやる。

ざ、ざ、ざ

コロコロコロねぇコロコロ。

ブチ切れてバラバラになった姉を、ちりとりへ。掻き集めるのだ。僕は1週間に一度は姉をこうやって箒で掃いてちりとりに集める。姉は、ブチ切れると、そう文字通り、ブチブチの小さな、まるで真珠のネックレスが飛び散ったように、姉の身体は球状になって床に散らばる。

ざ、ざ、ざ

ねぇ。

部屋の四方八方から、

ねぇ、

ねぇ、

ねぇ、

姉さん、いい加減にしてくださいよ。

だって、

だって、

だって、

飛び散った姉は、つるんとした球体。キレイな肌色の球体。部屋いっぱいに姉のカケラ。細胞のように、それぞれの姉が、勝手にイッセイに口開く。

ヤンなるわ。

ブチ切れないように、

心がけて、

生きてるのに、

社会が悪いの。

会社が悪いの。

男が悪いの。

だからって人はこんなバラバラと弾けませんよ。

仕方ないのよ、

あたしのこんな体質。

医者もサジ投げて、

そのサジ、ガラパゴス諸島まで飛んでったんだから。

新たな進化論かもしれませんけど。

ちょっと、ソファの下にまだ残ってるわよ。

え!?

一粒残さず集めてくれなきゃ、

モトに戻れないだから、

もっと気ィ使いなさいよね。

ほら、ベッドの隙間に

転がってる、

私の右目。

左のクルブシも、

肩甲骨のさっきっちょも、

ざ、ざ、ざ

飛び散った姉の身体のカケラを集めて、ぎゅうぎゅうとおにぎりを握るように、手に力をこめて固める。僕は立体ジグソーをする。どこにどのピースが来るか。足元から少しづつ、姉の姿を取り戻してあげる。姉は短気な性格だから、毎日はじけ飛ぶ。そしてこれが僕の日課。

もういやだわ。

毎日まいにち。

こんな身体じゃ、

お嫁に行けないし、

そんなことより、ああ。

あんたほど熱心に

私のカケラを探せる旦那を

どうやって探すのかが問題ね。

それに

毎日まいにち。

こんなことしてたら、

あんたの婚期も、

逃しちゃう。

いいことないわ。

いいんだよ。僕はちっとも迷惑じゃないし、それどころか、こんな毎日が理想だよ。だって、姉さん。僕らは、この世にたった二人しかいない、姉弟なんだから。

ざ、ざ、ざ
ざ、ざ、ざ、
ざ、ざ、ざ、
弟は箒で床を掃く
ざ、ざ、ざ
ざ、ざ、ざ、
ざ、ざ、ざ、
その音はやがて二人が聞いた海の波の音になる。
ざ、ざざ、ざざざ、
遠い昔に聞いた
身体の中の海の音になる。
二人はその体内の海で
たゆたっていた。
ざ、ざ、ざ、
ざ、ざ、ざ、
ざ、ざ、ざ、
弟は延々と、はき続ける。

  
おしまい
閉じる