756話(2010年9月25日 ON AIR)
「窓辺の訪問者」

作・大正まろん
ゲスト出演・上瀧昇一郎(空晴)

  
 

ふと、誰かに呼ばれた気がして、窓をあけた。

  

こんばんは

  
 

こちらも、挨拶を返すと、

  

おどろかないのね

  
 

と少しばかり悔しそうな顔をした。

  
 

驚くには驚いたが、この世にはごくまれだけれども表と裏が反転し、返ってしっくりくるということがある。
月を背中に中空で佇む女は、一枚の絵のように美しかった。
ばかりか、女の居ない窓辺はヨソヨソしかったのだと気付いたくらいだ。
そう伝えると、

  

ま、お上手だこと

  
 

と頬を赤らめ、しっとりと笑った。

  
 

なにか用があったのかと尋ねると、

  

今夜、咲くはずなのです。きっと、この瞬間にも

  
 

と慌てた口調になり、女は部屋に入っていいかと尋ねた。
頷くと、女はふわりと絨毯の上へ着地した。

  
 

どこからか、ユリのような、優美な芳香が漂ってきた。

  

間に合った。こっちよ

  
 

と女はしゅるしゅると壁を通り抜けて部屋を出て行った。
同じようには出て行けぬ僕は、ドアを開け廊下に出た。

  

こっちこっち、ここよ

  
 

女の白い手だけが壁をつきぬけ、僕を招く。
幽霊というのもなかなか便利なものだな、と妙なことに関心をしつつ、女の居る部屋のドアの前にやってきた。

  
 

そこは、祖母が最後を過ごした部屋だった。
祖母が我が家に来た頃には、もう半分眠ったような状態であり、僕はその部屋に立ち入ることはまったくなかった。
祖母と、ではなく、僕は、祖母が連れてきた死の影と向き合うことが怖かったのである。

  

ほら、早く早く

  
 

そんな僕の躊躇を知ってか知らずか、ドアから上半身を乗り出し、女は僕を促した。
ドアを開けた途端、心地よい優美な香りが僕を包みこんだ。

  
 

吸い込んだ香りは、そのまま全身に染みわたり、とろとろと身体を溶かしてしまうかのようだった。

  

ほら、ごらんなさいな

  
 

うっとりと閉じていた目を開くと、天井に閊(つか)えるほどの、大きな植物がそこには在り、白いハスのような花をいくつもいくつも咲かせていた。

  

美しいでしょう

  
 

得意そうに、目を細めている女の顔に見覚えがあった。
なんの花かを尋ねると、

  

ご自分でお調べなさいな

  
 

といたずらな目をした。

  

ごめんな、ばあちゃん

  
 

しまったと、その言葉が口をついて出た途端、後悔をしたけれど、

  

いいのよ

  
 

と女はあっさりと素直に応えた。

  
  
 

女は、もう一度、名残惜しそうに花々に目を注ぎ、

  

また、咲かせてちょうだいよ

  
 

と言い遺すと、半透明になり、やがて透明になって消えてしまった。

  
 

月下美人、というのだそうだ。
祖母が死んでから後、水やりをしてきた母が教えてくれた。
花は一晩きりしか咲かず、見損ねた母は非常に残念がり、その世話を僕に押し付けた。
また、この花が咲くころに会えるだろうか。

  
終わってまた始まる
閉じる