763話(2010年11月13日 ON AIR)
「唇に記憶」

作 /樋口ミユ
ゲスト出演 /樋口友三衣(ステージタイガー)

ずいぶん昔の記憶だけど。夢か現実か分からないような記憶。誰にでもある。
私の場合は、ガラクタ屋の記憶。

  

古い時計のひとつが、ボーンと鳴る。
他にも時計、それはチクタクと秒針が進んでいる。
古いガラクタばかりが並ぶ店。
ガラガラ、古い引き戸。
店の奥から、カンナで木を削るような音がする。
シュシュ、シュシュ。

  
少女

こんにちは…

  

返事はない。

  
少女

…すいませーん…

  

返事はない。

  
少女

人形を、探してるんですけど…むかしの、あ…

  

店の奥に、一人の老人。

  
老人

人形?

少女

あ、はい。古い、こう横にすると目を閉じて、唇がとんがってて、哺乳瓶の先当てられるようになってる、もう、古いの。

老人

ああ…

少女

ありますか?このお店だったらあるかもって教えてもらって。

老人

ないね。

少女

…そう、ですか。

  

シュシュ、シュシュ、老人は作業の手を止めない。

  
少女

なに、つくってるんですか?

老人

人間。

少女

は?

老人

見るかい?

  

ギィ、と老人が椅子から立ち上がる。

  

ガラクタ屋の主人は、店の奥のカーテンを開けた。古い椅子と、机。
その椅子にだらりと座らされている、女が一人。
それは人間ではなくて、それは精巧な人形だった、と、思う。
風邪をひいた人形。だって、彼女は、マスクをしていた。

老人

まだ未完成でね。

  

カチコチ、店の時計が少女を不安にさせる。

  
老人

どこもかしこも本物と同じように設計したのに。なぜか。唇だけは人間のそれそのものには近づけなくて、いや、人形を作りたかったわけじゃなく、人間を作りたかったんだ、ねぇ。

少女

…でも、今のままでも、本物の人間みたい、ですよ…?

老人

だめなんだ。今にも、言葉をこぼれおとしそうな、そんな唇にしたい。今にも喋りそうな、

少女

でも人形だから、喋ったりしないでしょう?絶対に。

老人

分からないよ。本物みたいな唇なら、もしかしたら喋り出すかもしれない。

少女

あるわけないわそんなの。

  

ふふふ、と少女が笑い続ける。

  
老人

妻のね、姿なんだ。

少女

つま?

老人

大事な人ってことだね。

少女

へぇぇ。

老人

ちょっと、よく見せてくれないか?

少女

は?

老人

君の、唇。ずいぶんと妻に似ているかもしれない。

少女

え…?

  

ガラクタ屋の古時計が、一斉に鳴り響く。
少女の足音。
息遣い。
少女の足取りは、逃げる足音。

  

夢だったのかもしれない。懐かしい町に戻ってきてふと気になるそのガラクタ屋は、昔と変わらず同じ場所にあった。

  

カチコチと、古い時計の秒針。
そして、シュシュ、シュシュ。

  

こんにちは、と確かめてみようか。

  

シュシュ、シュシュ。

  

曖昧な、夢のような記憶のままにしておこうか。

  

シュシュ、シュシュ、
いつまでも、人形を作る音が聞こえ続ける。

  
  
おしまい。
  
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