778話(2011年2月26日 ON AIR)

「象に踏まれても、好き」

作・山内直哉
ローカル線
列車の中
何か、急にヒンヤリして来たね
この辺は盆地だから。冬は底冷えが酷くて。やっぱカイロいるでしょ?
いるね、コレは(と、苦笑)
はい(と、カイロを渡す)
ありがと。アア(と、かじかんだ手がほぐれる)。ゆきちゃんは、寒くないの?
いや、寒いけど、慣れた。生まれた時からこの環境だから
ああ、18年住んでたら慣れるか…(歯がガチガチ&体が震える)
ちょっと、そんなに!?
いや、コレは、緊張。ご両親になんて挨拶しよっかなって
悩むことないって。普通に「結婚します」でいいじゃん
そうは言ってもなあ、いざとなると…ハア(カイロで口元を温める)
あ、そういえば、象の話って、したっけ
象?
象の話
動物の象?
うん。うちの村には、しきたりがあって、結婚する時、花婿は象に踏まれるっていう…この話、したよね?
いやいや、してない
あ、してなかった?
え、何? 踏まれる?
村長がね、象を飼ってるんだけど、結婚祝賀会の時、花婿はうつ伏せになって、象様に背中を踏んでもらうっていう、古くから伝わる儀式があるの
花婿、死ぬよね
いや、ゆっくり踏むから大丈夫。踏んでもらうと健康になれるから
え? それは、村出身の花婿の話だよね? 俺は関係ないよね?
いや、私が村出身だから、和也も踏んでもらえるから。大丈夫
いやいや、大丈夫じゃないよ? 象だよね? あの、でっかい象だよね?
アレだよ? 全力で踏まれるわけじゃないよ? 前足を軽く背中に当てるような感じ
うん、でも、相手は動物じゃん? 力加減、分かんないじゃん?
いや、今まで何度も見て来たけど、すごく大人しい象だから。心配ないって
え、それは、強制?
え、何? 踏まれたくないの?
いやあ、踏まれたく…ないよね
象、嫌い?
いや、好きとか嫌いとかじゃなくて、踏まれたくないよね
健康になれるんだよ?
象に踏まれたらどこか絶対悪くなる気がするんだよ
そういうこと、親の前で絶対言っちゃダメだよ。結婚許してもらえなくなるから
マジで?
というか、私に対する気持ちって、そんなもんだったのね…何かショック
いやいや、ゆきちゃんのことは好きだよ。結婚したいと心から思ってる。でも、象に踏まれるのはまた話が違う。はっきり言って勘弁してほしい
沈黙
枕木の音が響く
遠くから象の雄叫びが聞こえて来る
もうすぐ着くよ
あのさ
何?
村長さんの象って大人しいんだよね
うん、だから心配ないよ
再び、象の雄叫びが聞こえて来る
男N
俺は象を愛することが出来るだろうか―