780話(2011年3月12日 ON AIR)
「それはラジオの電波音にも似て」

作・樋口ミユ

 

ラジオの電波音、波の音にも似て。
それはありもしない浜辺。
言葉が打ち上げられる海岸。
言葉の海。
言葉の波。
それはラジオの電波音にも似て。

  
旅人

…いくつ、話しましたっけ?

迷人

100と、8つ、くらいじゃない?

旅人

そんなに話しましたか。

迷人

つっまんない話ばっかりよくそんなに出来るよね。

旅人

物語がトランクの中に積み重なっていくのは、旅人の特権です。

迷人

暇つぶしには、なったけどねー…焼きそばのおかわりは?

旅人

いえ、もう十分。

  
 

ザ、と波の音。
ザクと砂浜に足音。
小瓶のコルクを抜いた音。
旅人が、打ち寄せる波にその小瓶を沈めて、
海水をすくいとる。

  
迷人

小瓶につめてんの?

旅人

え。もうそろそろ出発しようかと思いますので。

迷人

もう行っちゃうの?

旅人

え。十分休息出きましたので。

迷人

つっまんないの。焼きそば480円でーす。毎度ありー。

旅人

ここでのことも、私のトランクの中にひとつ詰め込んで行きます。

迷人

こんなとこ、お話にもならないのに。

旅人

そんな。

迷人

だぁれも来ないしさぁ。

旅人

ここほど物語がよせて返す場所はないでしょう。

迷人

面白がってるのはお宅くらいじゃないの?

旅人

見てください。

迷人

ん?

旅人

小瓶に詰められた、

迷人

海水でしょ?

旅人

よく見てください。小瓶の海、波の間に間に漂う、言葉たちばかり。

  
 

ザ、ザザ
波の音は電波音にも似て。

  
旅人

寄せては返す、言葉ばかり。

  
 

電波音の間に間に、
あらゆる物語が顔を見せる。

  
旅人

砂浜の粒は、言葉の粒。

  
 

ザザザ、チャプンと旅人の黒いブーツを濡らす。

  
旅人

ここは、物語が打ち上げられる場所だったんですね。物語以外は、何もない誰もいない…

迷人

は。冬の海なんてそりゃ誰もいないわよ。海の家なんて商売やるんじゃなかったなぁ。

旅人

あなたも、また…

迷人

でも冬でもさ、たまに来るのよ。お宅みたいな珍客が。だから閉めるに閉められないのよ。

旅人

物語の、言葉なんですね。

迷人

へ?…なぁに?どういう意味…

  
 

迷人が言葉を続けようとすると、
ザァァァァァ
波が寄せて、
ザァァァァァ
返す
迷人は波にさらわれる
言葉の海へと
還っていく。
ひいた波のアトには湿った砂浜。
しんと静まり返った冬の海。
波の音だけがする。
浜辺には、旅人の姿しかない。

  
旅人

世界の果てには、果てない言葉が打ち上げられる海岸がありました。

  
 

ザザザザ
波は永遠を繰り返す。

  
旅人

…これもまた、物語です。

  
 

ザザザザ
波は一瞬を繰り返す。

  
旅人

さて。旅を続けましょうか。

  
 

旅人はトランクを持つ。
物語が詰まったトランクは重い。
ザクザクと、言葉たちの砂浜を後にする。

  
  
おしまい
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