803話(2011年8月20日 ON AIR)
「バランスのうた」

作・山内直哉

 

リラクゼーション音楽をかける
氷の入ったグラスにウイスキーを注ぐ
ウイスキーをグイッと飲む男
グラスを机に叩きつけるように置く

  

(大きなため息)

  
 

キーボードを叩く音

  
男N

眠れない。眠れないから酒を飲む。ネットの掲示板を覗く。そこは、今日も誹謗中傷に溢れている。悪口を書き殴ってる奴らは、とても同じ人間とは思えない。人はここまで悪魔になれるのか

  
 

ネットをシャットダウンする音

  
男N

布団にもぐり込む。明日も早いんだ。明日も上司は理不尽なイライラを爆発させる。そして俺は笑顔でかわす。とても同じ人間だとは思えない。人はあそこまで悪魔になれるのだ

  
 

家の外を数台のバイクが激しい音を鳴らしながら通り過ぎて行く

  
男N

リラクゼーション音楽に激しい伴奏が付くのは毎晩のことだ。自分には絶対音感はないが、何となく気持ち悪くなって音楽を消す

  
 

リラクゼーション音楽を消す

  
男N

本当は音楽よりも、ヤツらを消したい。だから、俺は、頭の中でヤツらをクリックし、ゴミ箱に捨てる。そして…

  
 

パソコンの“ゴミ箱を空にする”を選んだ時に鳴るクシャクシャという音

  
男N

人はここまで悪魔になれるのか(自分の残虐な妄想に笑えてしまう)

  
 

虫の音が聴こえる

  
男N

家の隣は公園で、耳をすますと虫の音が聴こえて来る。さあ、このまま、自然の音に包まれて、眠りにつこう。明日も早いんだ

  
 

少女の歌声が聴こえて来る
曲は唱歌“翼をください”

  
男N

どういうことだ。こんな時間に。まさかの“翼をください”熱唱じゃないか。頭おかしいんじゃないか? おい、誰か、彼女に翼をあげてくれ!

  
 

少女の歌は続く

  
男N

いったいどういうことなのか。少女が真夜中、公園で一人、歌うなんてことが許されていいのか。いや、よくない。気付けば、俺は、公園にいた

  
 

虫の音が近い
少女はベンチに座って歌っている

  

あの

(歌を止める)

お父さんとお母さんは?

喧嘩

喧嘩?

喧嘩

それで家を出て来たの?

うん

でもね、歌を唄うと近所の迷惑になるから

おじいちゃんとこに行きたいの

おじいちゃんはどこにいるの?

お空

ん?

お空

お空?

ねえ、翼ちょうだい

  
 

男の頭の中から辺りの音が消える

  
男N

俺は、かける言葉が見つからなかった

  
 

“翼をください”を少女と一緒に歌う男
歌い続ける二人

  
男N

公園の片隅で、タバコを吸う男がこっちを見ている。酔いつぶれて滑り台で寝ていた男が何事かと目を覚ます。隣のマンションの窓から、怪訝そうな顔がいくつも覗いている。それでも俺は少女と歌い続けた

  
 

遠くからパトカーのサイレンが聴こえて来る

  
男N

みんな、バランス取って生きてるんだよな。多少の迷惑をかけながら、大きな迷惑をかけないよう、バランスを取って、一生懸命生きているんだよな。誹謗中傷、理不尽、イライラ、バイクに、タバコ、酒、喧嘩。そして、歌

  
 

歌い続ける二人

  
男N

少女よ、まもなく警察が来るかもしれない。でも、気が済むまで歌うんだ。夜中に公園で歌うことなんて、どうってことないんだから。なんて考えていたら、いつの間にか歌詞を忘れ、ハミングで歌っていた。そんな俺に、少女はにこりと笑った

  
  
終わり。
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