804話(2011年8月27日 ON AIR)
「マンホール•ロケット」

作・腹筋善之介

ハカセと呼ばれた女性

今日、お兄ちゃんが帰って来る。あれから10年の月日が経つ。 面会も許されないまま、10年。私は、胸の奥に焼き付い たあの時の事を、今も忘れていない。マンホールで暮らしていた10年前の あの日々を。

  
 

とある国。マンホールに住む子供達が、マンホール内部の熱管をたどり、ボイラー室に入り込む。リーダーと呼ばれる男の子と、その妹で、博士と呼ばれる女の子の話。

  
リーダー

本当だ!ハカセの言う通りだ!

ハカセ

うん!本で読んだの。熱パイプの中を通っているのは、沸騰した水。その 水を沸騰させるのは、ボイラー室と呼ばれるこの場所だって。

リーダー

知らなかった。マンホールの中で暮らして、5年経つけど、さすが、ハカセ!本好 き!

ハカセ

お兄ちゃんが、ロケットを作ろう何て言うから、思い出したの。

リーダー

お兄ちゃんじゃないだろう。

ハカセ

あっ、ごめん。リーダー。

リーダー

うん。まあ、2人の時はいいんだけど…。ボイラー室かあ。

ハカセ

リーダーのいうような、ロケットを作れるかどうか分からないけど、捨ててあった科学雑誌に、熱を利用して飛ばすロケットの事 が書いてあったの。その理論を利用すれば…。

リーダー

うん。作ろう。皆が乗れるロケットを!

ハカセ

皆…乗れるロケット…作れるかどうか…。

リーダー

作れるさ。

ハカセ

ロケットを飛ばして何をするの?

リーダー

ほら、シジンの言ってた事覚えているかい。

ハカセ

ああ!あの小さい子。詩を朗読する女の子。何て言ってたの?

リーダー

青き空。青き空の元に私は生まれた。
美しい光り輝く星の結晶が闇を彩り、オオカミの鳴き声がこだまする。 白い雪。雪の振る大地の上に私は生まれた。
美しい光り輝く雪の結晶が大地を彩り、ヤクの声がこだまする。
宇宙の向こうでは、私達が生まれた事を喜ぶ声がする。
宇宙から、誰もが平和に暮らせるようにと祈りに似た雨が降り注ぐ。
…あとは忘れたけど、そんなん。

ハカセ

リーダーは、宇宙の向こうに行こうと思っているのね?

リーダー

ああ。なんだろ、宇宙に行けば、何でも出来るような気がするんだ。毎晩 毎晩夜空を見上げて暮らして来ただろう。

ハカセ

まあるい。

リーダー

そう、マンホールのかたちに切り取られた、まあるい夜空。その上には宇 宙がある。あそこに行けばきっと。

ハカセ

リーダー。宇宙は無重力だって書いてあった。

リーダー

無重力?なんだ?

ハカセ

分からない。

リーダー

無責任ではないか。無重力。なんか力が、何重にもあるって感じだな。

ハカセ

うん。

リーダー

いいか、このボイラー室を占拠して、何としてでもロケットを作る!そう、 マンホール•ロケットだ。マンホール•ロケットを作って、皆で宇宙に行こ う!シジンも乗せよう。

ハカセ

うん。リーダー、きっと成功するよ。うん。ようし、やるぞー!

  
 

あれから10年の時が経つ。

  
ハカセと呼ばれた女性

お兄ちゃん。マンホール•ロケットは、大爆発を起こしたんだよ。街中の熱パイプが止まって、世界中に知れ渡ったんだよ。マンホールに住む 子供達が沢山居るって。皆、施設に送られたりして、生き残ったんだよ。1 0年間、何も知らされていないかな?お兄ちゃん。ロケットに乗り込めな かったお兄ちゃん。吹っ飛ばされて、気を失っている所を、警察に捕まって しまったお兄ちゃん。テロリストとして捕まってしまった、お兄ちゃん。… シジンの詩の後半はこう続くんだよ。

  
ハカセと呼ばれた女性

そして、すべての不幸を背負って、私達はマンホールで暮らした。
すべての罪を背負って、私達はマンホールで暮らした。
マンホールは満天の空をまあるく切り出した。
マンホールは角張った人生をまあるく切り出した。

  
ハカセと呼ばれた女性

お帰りなさい、お兄ちゃん。リーダー。

  
  
  
おしまい
閉じる