838話(2012年4月21日 ON AIR)
「魔法のコーヒー」

作・ナカタアカネ

  
 

食器を洗っているような音が聞こえる。

  

うーん・・・・・遅いなあ。

  
 

慌ててドアをあける音。カランカラン。ドアにつけたベルが音を立てる。

  

ごめん・・・・・話、長引いちゃって・・・・・・・・・あれ?

もう・・・・・片付けちゃいました。

あれ・・・・・・・・・結構あったでしょ。

大丈夫ですよ、あれぐらい。

ホントごめん・・・・・遅くなったけど、休憩入って。

その前に・・・・・一息入れて下さい。
コーヒー、飲みます?

ありがとう・・・・・・君も飲んでよ。

はい。

  
 

女、2つのカップにコーヒーを注ぐ。
二人、コーヒーに口をつける。少し間。

  

あの・・・・前から言おう言おうって思ってたんだけど・・・・・・。
言いそびれてたことがあるんだよ・・・・ね。

・・・・・・・・・・はい。

実は・・・・・・記憶・・・・・ないんだよね。

え?

いわゆる・・・・・・記憶喪失ってヤツみたいでさ・・・・・・・。
2年前に交通事故に遭っちゃって・・・・・・。
それから・・・・・・その前の記憶が、ところどころ曖昧で。
今は結構大丈夫だけど・・・・・君には言っておいたほうがいいかなって。

・・・・・・・・・・・・・。

やっぱり、ちょっとビックリするっていうか、戸惑うよね?

っていうか、そんな明るく言われたら・・・まるで、韓国ドラマの話みたいだし。

え?

だって・・・・・・韓国ドラマって記憶喪失の話ばっかりじゃないですか?

あ、そうなの・・・・・?

  

はい・・・・・。

そうなんだ・・・・・今度、見てみようかな。

  
 

男、何かをごまかすように笑ってみせる。

  

どうして・・・・・・・無理しちゃうんですか?

そうでもしないとやってらんないじゃない。
どうでもいいってことは覚えてたりするのに、肝心なことに限って忘れちゃったり・・・・だから、さっきも・・・・・・・・・
上手く行かないよね。

ケンカしたんですか・・・・・?

っていうか・・・・もっと発展したというかなんというか・・・・・別れ話。

(途中で遮るように)なんか・・・・・・・アッサリですね。

だよね・・・・・・・アッサリだよね。
正直、どうして好きになったのかとか・・・・・・
彼女は好きだと思うのに会ってても肝心なことが分からなくて、いつもどっかぎこちなくてさ・・・・・・・・・。
だけど・・・・・・・こういう事になったら、記憶はないけど・・・・・・・・
ショックは受けるって思ってたのにさ。
いざそうなってみたら・・・・・・そんなにショックじゃなくて・・・・・・・・
正直、そっちが何か堪えるっていうか。記憶と一緒に・・・・・・・・
なんか、そういう大事な物も欠けちゃってるんじゃないかって。

欠けてるっていうより・・・・・・・ちょっと鈍くなってるだけじゃないですか?
本当に欠けてたら・・・・・・・こんな風に言わないと思う・・・・・・。

だよねえ・・・・・・・・・・こうやって色々と語っちゃってるし。
なんか不思議・・・・・・・何でだろ?

知りたいですか?

うん・・・・・・・そりゃあね。

それは・・・・・・・・・・。

  
 

女、言おうとするが男と目があって言うのを止める。

  

なに、何?

魔法、です。

え?

コーヒーに、魔法をかけたんです・・・・・・・・。
我慢しないで素直になっちゃう、魔法。

効いたね・・・・・・・・魔法。

  
 

2人、笑う。

  

明日のカレーの仕込みしないと。

あたし、やりますよ。

魔法のせいかな・・・・・なんか・・・無性にタマネギ切りたい気分なんだよね。

はい・・・・お願いします。

・・・・・・・ありがとう。

  
 

玉ねぎを刻む音が聞こえてくるが
やがて涙で溶けるように流れる音楽の中に消えていく。

  
  
  
おわり。