856話(2012年8月25日 ON AIR)
「かき氷はじめました」

作・Sarah

  
 

一組の若い夫婦がアパートの一室で、うだるようなこの夏の暑さにイライラしている。

  

だからね。いい加減に今年は買おうっていったじゃない・・クーラー

そんなんいってるうちにもう夏も終わるって。来年な、来年

うそ。それ去年もいってたじゃない

うるさいなぁ

うるさいなとはなによ

扇風機があるだろ。ほら、こっちこいよ

そんなの熱風よ、熱風

そんならそのへんの図書館とかカフェとかで涼んできたら

やーよ。お化粧するの暑いもん

まったく、あーいえばこーいう

なんかいった?

いーえ、なにも

なに?

はがれかけてる

へ?

壁のほら、うえのとこ

あー

  
 

女はガタガタと椅子を引っ張ってきてのぼる。

  

これまた修理代とかかかんのかしら

あんまし触んなって。よけーはがれたら面倒だし

もうほんとやになっちゃう・・ぅわぁっ!

  
 

女が体勢を崩し椅子から落ちると同時に、壁紙がビリっと大きな音をたててはがれる。

  

おい、大丈夫か!?

・・・っいったーい・・

  
 

そのときピョコンと音がして、はがれた壁紙から一匹のペンギンがでてくる。

  

なに・・これ

  
 

ピョコン、ピョコンとあたりを不器用に歩くペンギン。

  

・・ペンギン・・だな

なんで・・壁からペンギンがわいて出てくんのよ・・

し、知らないよ

うちでこんなの飼えないわよ

そーゆー問題じゃないだろ

  
 

ペンギンがクェ.っと鳴き声をあげると、盛大な音をたてて壁からどんどん氷がでてくる。

  

なになになに!なんなのよこれ!!

つめたっ!こ、こ、こ、氷!氷が降ってきた!!

みたらわかるわよ、なんとかしなさいよー!ひゃっ、つめたぃっ!

なんとかっていったってー!!

  
 

ペンギンがうれしそうに鳴く。氷は止まらない。
凄い勢いで二人は氷に埋もれていく。

  

ちょ、ちょっと私、動けないっ。このままじゃ氷に埋もれて窒息よ!窒息!

わーごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!

ばっかじゃないの?!ペンギンにあやまってどーすんのよ!!

だって、ほかにどーしろっていうんだよー!!

ペンギン!ペンギン捕まえて!!

わ、わ、わ、わかった!ふん!ぬおっ!こんのちょこまかと!!

えいっ!あー!もうちょっと!!

  
 

ペンギンは氷のうえを今度は器用にピョンピョン逃げる。

  

よ、よし、同時にいくぞ!お前そっちから手のばせ!

挟み撃ちね!わ、わかった!

いくぞ!

うん!

男女

せーの!!

  
 

ムニっと二人は両側からペンギンを掴む。
ペンギンが大きく鳴き、部屋を埋め尽くそうとしていた氷は壁の向こう側に戻っていく。最後にペンギンがポンッと音をたててシャボン玉のように消える。
部屋はすべて元通りになる。
窓から入るそよ風にゆられ、風鈴がりんっと鳴る。

  

・・・消えた

なんだったんだ・・いったい

なに

・・涼しい

まぁ暦上は・・秋だからな

  
 

すっかり夕暮れの街でどこか別のアパートから、ペンギンの鳴き声と氷がキラキラと落ちてくる音、悲鳴をあげる男女の声が聞こえた気がする。

  
  
  
END