875話(2013年1月5日 ON AIR)
「冬の風鈴」

作・山内直哉

  
 

繁華街

  
女N

つかの間のお正月休みも終わり、昨日は仕事始め。そして、今日はお休み。
今年も早速、代わり映えのしない日々が始まった。分かってるの。
私だけじゃないって。でも、私は私だから。気付けば、夜の繁華街にいた

  
 

酔っ払いの笑い声

  
女N

立ち飲み屋で、おじさんたちが楽しそうに騒いでいる。
うちの上司も休日はあんな顔しているのかしら。楽しそう。でも、悲しそう。
悲しいから楽しいのよね。それも分かってる。分かってるの

  
 

猫の鳴き声

  
女N

猫ちゃん。猫は、こういう時、大抵、路地裏に誘ってくれて、
付いて行ったら手相占いのおじさんがいて、いいアドバイスをくれるの。
でも、誘ってくれないから、自分から路地裏に入ったわ

  
 

喧騒が闇に消えて行く
寂しげな風の音だけが聴こえる

  
女N

奥へ奥へと進む。表通りの喧騒は闇に溶け、静寂が私を包み込む。何でだろ。
何で怖くないんだろう。月が出ているから? それとも、疲れてるから?
今夜は朧月夜。何だか友達になれそうね

  
 

風鈴の音

  
女N

ん? 何の音? 暗闇の奥、灯篭の明かりにゆらゆらと揺れている…風鈴!?
私、こんな冷たい風に揺れている風鈴、見るの初めて。ふっと、振り返ったら、男の人がいたわ。手相のおじさん? ううん。かなりのイケメン

  

何をしているの?

いや

お店?

え?

どうぞ

  
 

お店のドアの開閉音
店の中はシンと静まりかえっている

  

何ですか、ココ

スイッチ屋さん

スイッチ?

スイッチ屋さんは初めて?

はい

ココには色んなスイッチがあるよ

スイッチって、何のスイッチですか?

人が生きて行くために必要なスイッチ

え?

上司に怒られた時、やる気が出ない時、一人で寂しい時。
気持ちを切り替えるためにはスイッチが必要だからね。君はスイッチを持ってないの?

やっぱり、買った方がいいですよねえ

買わなくていいんじゃない?

え?

人間らしくていいよ。スイッチだらけのロボット人間より、自然体でボロボロになって生きている君の方ががどれだけ素敵か

  
 

心が風鈴のように揺れる

  

どんなスイッチがあるか見てもいいですか?

気になるスイッチがあれば、何でも聞いて

コレは?

それ!?

何のスイッチですか?

それは、この部屋のスイッチ

この部屋?

電気のスイッチだよ

あ、電気の

普通の

普通のスイッチ

消してみよっか

え?

  
 

部屋の電気が消える
月の光が店内に差し込む

  

あ、明るい

雲が移動したんだね

月明かりが、綺麗…

暗闇でしか見えないものってあるからね

夜を知らない人は、星も知らない

だから、君は大丈夫だ

もう少しこのままいてもいい?

朝までゆっくりして行けばいい

  
 

冷たい風に揺れる風鈴
いつの間にか付いて来ていた猫が鳴く

  
女N

私はこのまま、妄想のスイッチを切らないで居ることにしたわ。
何だか、月曜日が楽しみになって来た。イケメン店長から買ったスイッチで、上手く世間を渡り歩いてやるの。なんか、スイッチが入った気分よ。
きっと、冬の風鈴のせいね