885話(2013年3月16日 ON AIR)
「夜に二人、電話で」

作・市川タロ( デ )

  
 

二人は電話越しに喋っている。物音は何もない。
たとえば沈黙の間に微かなノイズのようなものが聞こえる。
もしくは、それは延々と鳴り続け沈黙したときそれがはじめて流れていたことに気づく。

  
  
 

沈黙。

  
聞こえる?

うん、聞こえるよ

どこにいるの?

部屋だよ、電気もつけてないから暗くってさ、それに少しさむいよ

もう冬も終わるのにね

うん。……そういえば梅、咲いてたんだよ、今日、道でね、見たんだ

もう冬も終わるのね

  
 

沈黙。

  
うん

何?

ううん

何?

聞こえる?

うん、聞こえるよ

今、車が通った

聞こえないよ

車?

うん。まだ暗いの?

うん、つけてないんだ、電気

また車

暗がりに置いてあるもののほうが、なんだかはっきり見えるんだな

また車……また車……

  
 

沈黙。

  
さむいな

うん

そういえば今日、見たよ、梅、咲いてるの

さっき聞いた

言ったっけ

うん、聞いたよ

さむくってさ

夏には、さむいのなんて想像もできないのに

今だって夏が暑いだなんて信じられないよ

また車

どこにいるの

外、歩いてるの

夜中に?

とまれ

なに?

そう書いてあったの

ああ

  
 

沈黙

  
聞こえる?

聞こえるよ

川の音

いや、聞こえないよ

何にも聞こえない?

聞こえてるのかな、わからない

さむい

そりゃあそうだよ、部屋のなかでもさむいんだ

でも咲いてるわ

梅?

うん

うん、もうすぐ冬も終わるんだね

  
 

沈黙

  
聞こえる?

聞こえるよ

どこかで子供が泣いてる

聞こえないよ

階段をのぼる足音

聞こえないよ

ドアの音

聞こえないよ

もう、なんにも聞こえないわ

  
 

沈黙

  
少し眠いな

もう夜中だよ

そうね、夜には眠らなくちゃあね

うん

  
 

沈黙

  
寝るの?

うん

おやすみ

うん

  
 

沈黙

  
うん、おやすみ

  
 

沈黙。ささやかなノイズが、気づかない程度にだけ大きくなる。

  
  
  
<了>