905話(2013年8月3日 ON AIR)
「お兄ちゃん」

作・益山貴司

  
 

扉が開く音。靴を脱いで家の中に上がり込む音。
電気をつける音。

  

ばー!

きゃ!

おかえり

なんだ、お兄ちゃんじゃない。びっくりした

やあ、すまん

電気ぐらいつけてよ

ああ、そうだったな。暗くなってたのに気付かなかったよ

またまたすっとぼけちゃって。いつからいたの?

夕方からかな

もう、夜中だよ、今

そんな時間か

どうしたの

ああ

また、ああってゆう

おお

どっちもいっしょ

すまん

お茶いれよっか

ああ・・・うん

玄米茶ないけど、麦茶でいい?

麦茶か、ならいらない

そんなこといって

いいよ、ほんとにいらない。お茶、やっぱりいいや

じゃあ、私は飲むね

うん

  
 

お茶を注ぐ音。

  

そういえばさ、麦茶のことで親子ゲンカやらかしたの覚えてる?

覚えてる

玄米茶じゃないと飲まないってお母さんとすんごい言い合いになって

お父さんはお母さんの味方したんだよ

そうそう

いっつもそうだ。俺の味方は誰もいねー

そんなことないよ、私がいるじゃない

お前、お母さんの味方だろ

違う。昔も今もお兄ちゃん

おお

お母さんだって、ケンカのあとはいっつも言い過ぎたって反省してたよ

そっか、さっきは悪いことしたな

なに?

なーいしょ

出た。お兄ちゃんのなーいしょ

へへ

あはは、変わんないね。実家、帰った?

うん

よく家んなか入れてくれたね

まあ、カギ隠すとこ昔から一緒だから

忍び込んだの?

まあね、実家だし

父さんと母さんいた?

いた

元気だった?

元気だった

で、許してもらえたの?

いや、だめだった

そっか、残念だね

仲直り出来たらよかったんだけどな

ほんとだね

あ、お土産にお前の好きなアジもってきた

わー、ありがとう

さばいてやるよ

お兄ちゃん、魚さばくの得意だもんね

ああ。台所、こっち?

そう。おいしいの作ってね

おお

  
 

携帯のバイブレーション音。

  

なんだろ、この番号・・・はい・・・そうです。私です・・・え!?そんな・・・はい、はい、確かに、それ、うちの両親です・・・二人ともですか・・・酷すぎる・・・誰がそんなことしたんです・・・え?まさか・・・

おい

え?

なんの電話?

なんでもない

包丁どこ?

・・・

包丁どこだよ

なにすんの?

魚、さばくんだよ

お兄ちゃん、どうやってはいったの、この家・・・

ああ。郵便ポストの中にカギ入れとくの、実家とおんなじ癖だよ

い、いや・・・

おお。お前も言ってたじゃないか、俺、魚さばくの得意なんだ

  
  
(了)