912話(2013年9月21日 ON AIR)
「いわくつきのマンホール」

作・Sarah

  
 

隙間から草が伸び放題のマンホールがひとつ。
その側に一人の男が、だれか見知らぬひとの家の外壁にもたれている。
女が、男に気づかずやってきてマンホールを踏もうとする。

  

ちょっと!

うわぁ!!なに?!なんなんですか?!

それ、踏まないでくださいよ

それ?

あなたの足下の

え?この・・マンホール?

だれがこんな道の端っこにあるマンホールの心配なんてしますか?

でもほかになにも

あるでしょ。あなたの足下に。ほらマンホールの端から生えてる

この雑草ですか?

雑草!雑草って今いいました!?

え、あ、すいません。植物に詳しくないもので。雑草じゃないんですか?
(ぶつぶつと)そんな草くらいで怒んなくたって

これはね、私の大事な大事な草なんです

は?あなたの?

まぁ正確には、私の大事な庭に生えた草です

それ、わざわざ持って来てマンホールに植えなおしたんですか?

そんな馬鹿に私が見えますか?

(聞こえないように)見えます

あなた何も聞いてないですね。生えてるっていったでしょ。
私の庭からずーっと伸びてここに生えてるんですよ

ああ、お家がこのお近くで

マンホールのなかです

・・今、なんて?

だから、ここですよ。この下。何も知らないんですね。そりゃ私の草を平気で踏もうとするわけだ

(むっとして)そんなに大事なら草に名まえでも書いといたらいいでしょ

ああ、なるほど。それもそうですね

本気にしてます?

名案です。あなたサインペン持ってます?

いえ。あ、ボールペンなら

まぁいいかボールペンでも。お借りできますか?

  
 

男はボールペンで生えた草の葉に文字を書き込む。

  

これでよしっと

サチコ?サチコさんなんですか?

だから私が女性に見えますか?これは妻の名まえです

・・奥様もマンホールに住んでるとか言わないですよね?

いいません

良かった

妻は亡くなりましたので

良くなかった

この草は妻が大事にしていた庭で生えた草でね。妻に似て旅が好きなんです。
あちこちに伸びては、世界中のマンホールからこうやって顔、じゃなかった葉っぱを出してね。
かわいい子には旅をさせろといいますが、いつどこの誰かに刈られないとも限りません。
こうやって追いかけては見守り、追いかけては見守り・・

あの、わたし、そろそろ

この草は証明したいんですよ。マンホールの下で世界が繋がってるってことを。
だから旅することをやめないんです

そろそろ失礼します

  
 

女が立ち去ろうとすると、その背中に男は呼びかける。

  

この草のことを思うと自分はなんてちっぽけなもんなんだろうって思えてきます。
あ、そろそろ次のマンホールに旅立つようだ。さようなら

  
 

がたんとマンホールが音をたてる。

  

  
 

女が振り返ると男はいなくなっている。

  

草が・・ない

  
 

マンホールの草は元からなかったかのように消えている。

  

あ、ボールペン・・返してもらうの忘れちゃった

  
  
END