920話(2013年11月16日 ON AIR)
「走りたい」

作・益山貴司

なあ、走りたくない?

なんなの急に?私は歩きでいいけど

俺、無性に走りたくなったわ

ちょっと、今、デート中だよ

分かってるよ。だから我慢してんだよ。けど、もう、限界

じゃあ、そこの電信柱まで走りなよ

いや、もう、箱根駅伝クラスじゃないと収まりつかない

なにいってんの?

ほんと、走ってもいい?

私はどーなんのよ

帰って

はあ?

こんど、穴埋めするから

何ヶ月前から予約したと思ってんの、今日のレストラン

全部、全部分かってて言ってるんだよ、俺は

勝手なこと言わないでよ

そう言うだろうってことも分かってる

なにそれ

その反応も予測済み

ほんともういいよ。私は絶対レストランに行くからね

じゃあ、俺は行かない

二人分予約したでしょ

ううう。足の震えが激しくなって来た・・・

やめてよ、こんな道のまんなかで

足が軽い!足が軽いよお!

モモ上げやめて!

しゃしゃしゃい!

すすんだ!すすんだよ!

ね、走ろう。もう、走ろう

いーや!

陸上部だったでしょ

だったけど

おてのものじゃない

短距離だったし

じゃあ、ほんとに、あの電信柱まで

それであきらめてくれる?

我慢するから

ほんとだよ!

  
 

走る音。

  

はい、終了

たんない

約束は?

約束より欲求

もー!

おい、お前の足もモモ上げ状態になってんぞ

え?ほんとだ

お前の足も走りたくて仕方がないんだよ

そんな・・・

走ろう

うん。いや!絶対走んない!

うんっつた!今!

言ってない!

言ったよ!

言ってませーん!

俺よりスピードあがってんよ!

坂道のせいよ!

ってゆうか、だいぶ二人で走ってしまってるよ

静まれ!静まれ!足!

うわああ、加速するう!

制御不能!

したがうんだ!欲求にしたがうんだ!

どこいくのよ、この足は?

足が行きたい所だよ!

レストランは?

何億年という生物の歴史がかかってるんだよ、この行為には!

なんだか、涙がこぼれて来た!

俺はとっくに泣いてるよ!

・・走りたい

なんだって?

私、走りたい!

すでに走っている!

ほんとだ!

人類万歳!

生きとし生けるものに乾杯!

進化がゴールだ!

  
  
(了)