955話(2014年7月19日 ON AIR)
「いつの間にか」

作・ピンク地底人3号
ゲスト出演・益山寛司(子供鉅人)

これは僕がニューヨークで暮らしていた頃の話。

  
 

電車が動き出す音。

  

あの日の夜、僕はソーホーで友人の出演するダンス公演を観た後、
グランドセントラルから北へ走る、ハドソンラインの電車に乗り込んだのだった。

  
 

女がやってくる。

  

隣、空いてる?

はい。空いてますよ。どうぞ。

ありがとう。

  
 

女は僕の隣に座る。

  

どこまで乗るの?

クロトンハーモンまで。

私、リバデール。学生?

ええ。まぁ。

私も。あのさ、ペン持ってる?

あ、はい。(鞄をあける音がして)どうぞ。 

ありがとう。

  
 

紙に鉛筆を走らせる音。

  

美大生なんですか?

まあね。

へぇ・・・何書いてるんですか?

ん・・・あそこに座ってる人。

え?

ほら。2列目の通路側。

・・・誰もいませんけど。

いるよ。君には見えてないだけで。

・・・何か見えるんですか。

うん。でも死んでることに気がついてないみたい。家に帰るつもりなんだよ。

へぇ・・・

私のライフワークなんだ。そういう人の顔を書くのが。
それで書き終えたらその人に渡すの。うまくいくとすぅっと消えていく。

・・・なんで死んでいるの気がつかないんですか?

理由はないよ。たぶんそういうもんなんだって。
いつの間にか生まれて、いつの間にか生きて、いつの間にか死んで。
いろんなことは気がつく前に始まってるし、いろんなことは気がつく前に終わってるの。
戦争とかもそうでしょ?

戦争?

そう。今、戦争は始まってる?それとももう終わってる?あなたは生き延びましたか?
それとも流れ弾に当たって、手榴弾の爆発に巻き込まれて死にましたか?

・・・えっと。

まぁいいや。

  
 

電車の止まる音。

  

じゃあね。

あ。

  

そういうと女は車両から姿を消した。
彼女の座っていたシートには紙切れが裏返しで残されている。
僕は手に取りその絵を見る。

  
 

電車の走り出す音。

  

そこに描かれていたのは虚ろな目をした僕の顔だった。

  
  
終わり