973話(2014年11月22日 ON AIR)
「かあさん」

作・Sarah

  
 

田舎のとある一軒家の前に車が止まる。
車から降りた男は玄関の立て付けが悪い引き戸を開けて家に入る。

  

かあさん?かあさん、ただいま。帰ったよ

  
 

男が部屋に入ると奥の台所から年老いた母が出てくる。

  

お帰りノリオ

かあさん。駄目だろ、玄関の鍵かけとかなきゃ

ああ、かかってなかったかい?

ちゃんと確認しないと。いくら田舎だからって最近は物騒なんだから

久しぶりだねぇ。元気にしてた?

久しぶりってつい先月も来ただろ。畑の手伝いしに

ああ、そうだったそうだった。で?今日は、ショウタ君は一緒じゃないの?

ショウタは去年からアメリカの大学に留学してるだろ

あら嫌だ。そうだったっけねぇ

おいおい、大丈夫かよ

ほら、手、洗っといでノリオ。ごはんにするから。ちゃんと石けんつけて洗うんだよ

わかったって。子どもじゃないんだから

私にとったらいつまでもあんたは子ども

全く口だけは達者なんだから

  
 

男は台所の洗い場で手を洗い、母は夕飯をちゃぶ台に並べる。

  

やっぱりここの水は冷たいなぁ

タオル、そこにかけてるの使いなさい。ああ、いい具合にお魚が焼けたわ

・・なぁ、かあさん。こないだの話、考えてくれた?

気持ちだけ、いただいておきますよ

かあさん、真面目に考えておいてくれって言っただろ

考えたとも。でもやっぱり私には田舎暮らしが性に合ってるから

そんなこと言ってて急に倒れたりでもしたらどうすんの

私はまだまだ元気ですよ。はい、座って『いただきます』は?

・・いただきます

たんとお上がり

もう一度考え直してみてよ。玄関の鍵だってかけ忘れてるしさ

はいはい。それ熱いから気をつけてね

ズズズ(汁を吸う)熱っ

ほら、だから言ったじゃないの

俺が前に来たのがいつかも覚えてないし

これも冷める前に食べちゃいなさい

それに、ショウタの留学のことも忘れてる。あ、醤油取って

自分の母親を耄碌ばあさんみたいに言わないの

みたいじゃなくて実際そうだから言ってるんだって

ノリオ。ご飯おかわりあるわよ

ああ・・ん?この献立って

焼き魚に筑前煮に豚汁に玉子焼き

俺の好きなもの・・覚えてたんだ

ちゃんと覚えてますよ。はい、お茶碗貸して

え?ああ、はい」

よいこらしょっと

  
 

母はご飯を装うために茶碗を受け取り、立つ。

  

・・かなわないなぁ

  
 

母が戻ってくる。

  

食後には柿を剥きますからね。ほら、あんたの大好物」

  
  
END