クリスマススペシャル2003
“クリスマスの贈り物”
4話(2003年12月23日 ON AIR)

「小倉ロミオと小金井ジュリエット」

作・ごまのはえ
出演
朗読(1)小倉 腹筋善之介
朗読(2)小金井 重定礼子(南河内万歳一座)
朗読(3)山田保子 沖田星子(劇団とっても便利)
クリスマスイブの夜。街のにぎやかな雑踏の音。
朗読(1)
「幸せってのは自分にとっていったいなにが大事なのかちゃんと分かってることだ。」
そこまで口にして小倉さんは自分でも驚いた。俺ってそんなこと口にするやつだったのか、びっくりしながらも前を歩くカップルを追い抜く。
街はクリスマスイブだった。今年で五十三になる小倉さんはなんだか肩身がせまかった。小倉さんは毎日この時間この道を通る。ここは会社からの帰り道だから。すこし右足を引きずって歩く小倉さんはいつもはこの道で人に追い抜かれてばかりだが、今日はいちゃいちゃ互いにもたれあうようにあるくカップルたちをヨイ、ヨイと追い抜いて歩いていた。
なんだか腹が立ってきた小倉さんは独り言をはじめたのだ。小倉さんは最近独り言が多いい。歳のせいかなと思っている。それで「幸せってのは…」と思わず口にしたわけだが、自分でも驚いた。
心の中でもう一度その言葉を繰り返し、今度ははっきり自分の言葉としてつづけた。
「そして大事なものを絶対に手放さないこと」
クリスマスイブのある食卓。時計の秒針の音。
朗読(2)
「幸せって、自分が幸せかどうかあまり深く考えないことね」
それは小金井さんがいつも言う口癖だった。もちろん小金井さんにそんな口癖があることを誰も知らない。結婚して二五年になる旦那さんも、今年で二五歳になる娘さんも小金井さんがそんな思想の持ち主であることを知らない。いや旦那さんも娘さんも小金井さんがどんな思想の持ち主かなんておそらく一度も考えたことはないだろう。
「でもこれは思想なのよね」と小金井さんは思っている。
そして危険な思想であることを知っている、人前ではけっして口にはしないし、一人でいるときもなるたけ口にしない。でも今日は口にしてしまった。
「やれやれ」と小金井さんはいったあとため息をついた。
もうすぐ十一時、だれも帰ってこない。
テーブルの上には小金井さんのつくった料理がいくつもならんでいる。
「やれやれ」
そして小金井さんは考えてしまうのだ。自分が幸せかどうか。
今日はクリスマスイブ。嫌な夜になりそうだった。
クリスマスイブの一人暮らしの部屋。なんの音もしない。
朗読(3)
「幸せなものは、醜い」
美大生の山田保子はそんなポリシーをもっている。山田保子は通っている美大でも一番の変わり者だった。山田保子はやせている。ゆで卵とトースト以外口にしないからだ。一日にパンを三枚、ゆで卵を四個、そしてコーヒーを十二杯。パンは黒くこがして少し砂糖をふる。ゆで卵はふたのないなべで一度に一日分ゆでてしまう。
「幸せなものは醜い」、そう考える山田保子には今の生活は悪くない、脂肪がまるでない少年のような自分の体が大好きなのだ。嫌いなのは自分の名前「山田保子」。ぼんやりした、コロッとした体系の女を連想させるこの名前。「私と私の名前とは無関係である」山田保子はそう思ってきた。
そんな山田保子は今日、ぐちゃぐちゃになったワイヤーコードをひろってきた。今晩は徹夜でそれをスケッチしようと部屋の中央にそれをおく。今日がクリスマスイブだということも知らずに…。
人通りのあまりない路地
朗読(1)
あまりの人の多さに小倉さんはわき道にそれた。右足の古傷が冷え込んでしびれるように痛い。立ち止まりさすりながら、独り言を繰り返す。
「…だめだだめだ、だめだだめだ…。」
小倉さんが大事なものをなくしたのは二十歳の時、相手は同じ高校の同級生だった。高校を卒業してしばらくは地元の会社に就職したものの、都会で働いてみたいと思った小倉さんは彼女に結婚して都会に出ようともちかけた。
けれど。彼女は首を横にふった。
二十歳の小倉さんは一人、駅のホームにたった。希望しかなかったが希望が胸を熱くして、無限に力がわいてくるようだった。
それは三十年も前の話。
「別れてはいけなかった」。
今、小倉さんはそう思う。
そして三十年ぶりにあの子の下の名前をつぶやいた。
朗読(2)
暖房が効きすぎてみみたぶが熱くなり小金井さんは窓をあけた。冷蔵庫からワインを持ってきて外をみながら飲み始める。そして考える。
自分は幸せなのか、窓際でワインを飲む私は他人から見て間違いなく幸せだろう、では幸せってなんなのか。
小金井さんは今までの人生、一度も働いたことがない。アルバイトもしたことがない。勤労の喜びというものがもしあるのなら小金井さんは一度もその喜びを知らない。小金井さんはお金持ちのお嬢さんとして育ちお金持ちの奥さんとして年をとった。
小金井さんは思い出す。三十年前のことを。
あの時、首を竪にふってあの人についていけば、まったく別の人生があったのだろう。
「別れてはいけなかった」
今、小金井さんはそう思う。
小金井さんは窓際でワインを傾けながら耳をうたがった。
三十年ぶりにあの人の声が自分の下の名前を呼んだような気がしたからだ。
朗読(3)
寒くて、何もない部屋に胡坐をかいて、スケッチブックをかまえ、山田保子の格闘が始まろうとしている。わざと薄暗くした部屋で、拾ってきたワイヤーコードは邪悪な宗教のご本尊にもみえる。今日七杯目になるコーヒーをのんで、今、はじまった。
朗読(1)
何人いるのか分からない。なぜそうなったのかわからない。小倉さんは殴られ、けられていた。こいつらは高校生だろうか、中学生だろうか、小倉さんは両手で頭をかばいながら考える。顔や腹に幼いこぶしが川をさかのぼる魚のように次々と襲いかかる。
「なぜこんなことになったんだ」
小倉さんの独り言はつづいている。
「手放してはいけないんだ。絶対に!」
小倉さんの反撃がはじまる。
朗読(2)
不意に締め付けられるような痛みが小金井さんの胸を襲って、手にしたワインがこぼれおちる。息がくるしい。立ち上がることができず、そのまま床に崩れ落ちる。仰向けになったほうがいいのか、うつぶせのほうがいいのか、まるでわからない。心臓だろうか、肺だろうか、なるべく冷静になることを心がけて、電話までの距離を考える。たどり着けそうにない。「たすけて…」
息が入らず声にならない。それでも小金井さんは窓から外に向かって叫び続ける。
「たすけて…」
朗読(3)
目の前に置かれたワイヤーコードの塊がだんだん大きな黒い塊にみえてきた。
山田保子は塗りつぶす。スケッチブックを黒く、黒く塗りつぶす。
朗読(1)
「たすけて」
小倉さんの耳にその声は届いていた。そして小倉さんは力の限りにこぶしを繰り出す。
大事なものを取り戻せるか、それは小倉さんにもわからない。
けれど小倉さんは確信していた。窓辺で彼女が自分の下の名前を呼び、自分を待っていることを。
朗読(2)
小金井さんは叫び続ける。
あの人の下の名前を。
「これは罰なのだ。私は罰をうけているのだ。私は一度だって自分から幸せを求めたことはなかった。二十歳のあの時、首を横に振ったあの時も、幸せは自分で求め、つくりだすものであることをわかっていなかったのだ」
小金井さんは叫ぶ。
あの人の下の名前を…
朗読(3)
山田保子は塗りつぶす。スケッチブックを黒く黒くぬりつぶす。
朗読(1)
小倉さんは戦う。
なくしてしまった大事なものを取り戻すために
朗読(2)
小金井さんは叫ぶ。
私はここにいるとあの人に知らせるために
朗読(1) (2)
雪がふりはじめた。
小倉さんは街中にたおれ、小金井さんは窓辺にたおれる。
朗読(1)
小倉さんは倒れこんだ。もう周りには誰もいなかった。寒さが徐々に骨にしみてくる。目を閉じて、そこに見つけた。あの頃と変わらないあの子の姿を…
朗読(2)
そこはまっくらだった。まっくらのなか自分とあの人が浮かんでいた。小金井さんは自分の前にあらわれたあの人があの頃と変わりない姿であることにまず驚き、そして自分もあの頃のように若い姿であることに驚いた。
朗読(1) (2)
二人は手をつないだ。
光がさしこんだ
そしてもう二度と離れないとお互い心に誓い。
光のする方角へ、歩いていった。
クリスマスの街に雪がふりつもる
朝になる
朗読(3)
徹夜明けの山田保子はつかれきっていた。気がつけばスケッチブックはただ真っ黒に塗りつぶされているだけだった。満足感はなく徒労感で体が重い。これからどんな絵を描いていけばいいのか、考えることもできないほど疲れていた。それでも彼女は外に出た。
外は雪で覆われていた。まだ誰も踏んでいない雪がキラキラ光っていた。
あたりには山田保子一人しかいなかった。
ふと目の前になべがおちていた。
そこだけ雪が降らなかったのか。それとも誰かがついさっきここにおいていったのか。そのなべだけ雪が積もっていなかった。茶色い小さななべだ。
山田保子にはそれが眠っているように見えた。なべとなべのふたがよりそって眠っているように見えた。眠りをじゃましないようにそっと持ち上げた。幸せそうだった。そしてキレイだった。
「今度はこれを描こう」
山田保子は嬉しくなって部屋にもどる。
そして初めて気がつく、今日がクリスマスであることを。
おわり