ラヴィーナ STORY FOR TWO
クリスマススペシャル2000
“星のクリスマス”

第4話

「あの時の恋」
作/久野那美

出演 腹筋善之助
  平野舞
 
こんな手紙が来た。
「覚えていますか?あなたがあの時手放してしまった、あの恋…。
お預かりしています。どうか引き取りに来て下さい。
これが最後のチャンスです。いらっしゃらなければその後自動的に処分されます…。」
差出人の名前はなかった。地図が1枚だけ入っていた。
何だ?
あの時の恋…?あの時…?

それは、もしかしたら…。いや…それとも…。いや、それよりも・・・。
いやいや、そんなはずがあるもんか。いたずらに決まってるじゃないか。こんな・・・。
まるめてゴミ箱へ放り込もうとした。それでなくても忙しいのに。片づけなければいけない仕
事が山のようにある・・・。こんな・・・。
・・・・・・気が付くと。いつの間にか地図に沿って歩いていた。

不親切な地図だった。
ずいぶん遠回りをして、いろんなところを通りぬけて、目的地へむかって歩いていった。
こんなに早く歩いたのは随分ひさしぶりだった。こんなに回り道をしたのも、ひさしぶりだった。
そもそも、こんな道を、ずいぶん長い間、歩いていなかったような気がした。
会社へ向かう道。
いつも電車に乗っていた駅。
ああ。そうだった。この道には大きな犬がいる
子供達が怖がって避けて通った道だ、
ここは息子の通っていた中学校・・・
妻が生きていた頃、よく鉢植えを買ってきた花屋だ・・・
ここは・・・娘の通っていた高校・・・いや、私の母校だ。
こんなところにあったのか。いったい何年ぶりだろう・・・。
ああこの公園・・・ここを通って自転車で通っていた・・・

あ・・・。
すみません。大丈夫ですか?
・・・痛・・・。
ああ。すみません。起きられます?
  男、自転車を起こす。
ええ・・・すみません。
すみません。なんだかぼんやりしていて。
いえ。私のほうこそ・・・。あ。落ちましたよ。これ・・・
  女は地面に落ちた地図を拾い、男に返そうとする・・・、が・・・、
あ・・・。
え?どうしました?
いえ・・・。
何か?
あの・・・この地図・・・
  男は手にしていた地図を見る
あの・・・この辺りの地図でしょうか?
あ・・・ええ。そうですけど・・・
すみません。ちょっと、見せて頂いてもいいでしょうか?
は?
道に迷ってしまって。
え?
あの・・・ごめんなさい。
・・・。
あった。この通りです。え?!あ・・・ふたすじ向こうだったんですね・・・。
・・・。
向こうにもおなじような公園があったんですね・・・。
ああ。よく間違えられるみたいです。
どうしてですか?
は?
どうして、そんなそっくりな公園をふたつもつくるんですか?
え・・・さあ・・・。
大きいのをひとつ作ればいいじゃないですか。
いや・・・そうですけど・・・いや・・・ふたつあったほうがいいと思ったんでしょう。
誰がですか?
・・・さあ。
  女は呆然と立っている。
あの・・・
約束してたんです。
・・・約束・・・。
それなのに、私・・・地図をなくしてしまって・・・
ああ。
間違えて、向こうの公園に行ってしまって・・・、
ああ。
待ってても誰も来ないからおかしいなと思って・・・
はあ・・・。
男(N) 妙な女に捕まってしまった。早く地図を返してくれ、と思いつつ、目を遣ると、1冊の本が目に入った。
その本・・・
・・・本?ああ。これですか。
いえ・・・。あ。
これ・・・いいですよ。
お好きなんですか?そういう小説・・・
あら。ご存知なんですか?
・・・ええ。大好きです。その作家の小説はみんな読んでます。それ、いちばん最初の作品でしょう。
・・・あら・・・。
どうかしました?
・・・私も、このひとの小説大好きなんです。なかでもこれがいちばん。
ああ。私もです。・・・あ・・・
  男、ふと考え込む・・・。
どうしたんですか?
いえ・・・
何か・・・?
いや・・・
男(N) 昔、その本を誰かに貸したような気がした。ずうっと昔・・・。そして・・・
あの・・・
ああ。すみません。待ち合わせは何時ですか?
・・・
あの・・・何か?
・・・約束はね、昨日だったんです。
昨日・・・。
私、うっかり地図を失くしてしまって、それで途中で道に迷って・・・。そしたら向こうに同じような名前の公園があったものですからてっきりそこだと思って・・・。
ああ。
日が暮れるまで待ってたんです。
・・・
でも、会えなかった。
・・・こっちの公園だったんですね・・・
いえ・・・でも
でも?
こっちで待ってても、結局会えなかったのかもしれません・・・。
え?
・・・そしたらきっと悲しかった・・・。だから、間違えて、かえってよかったのかもしれません。
・・・あの・・・
男(N) ・・・そう、約束の日。たしかに私はその場所へ行ったのだ。
彼女は来ていなかった。日が暮れるまで待った。でも、結局現れなかった。
そしてそれっきり、会うこともなかった。あとで本だけが送られてきた。会って本を返したいというのは口実じゃなかったのだ。もういちど会えるかもしれないと思ったのは、私の勘違いだった・・・。あのとき、そう思って・・・そしてそれっきり会うこともなかった。もうずいぶん昔のことだ。いったいあれからどれだけ時間が流れたんだろう・・・。
  男はしばらく考えごとをしている
・・・ですよね?
(はっと我に返る)え?あ・・・え?
この小説。このまま終わってしまうなんてあんまりです。
え?ああ。そうですね・・・
ええ。私はなんか納得がいきません。
はあ・・・
あなたは納得してるんですか?
いや・・・まあそうですねえ。ちょっとひどいですね・・・
でしょう。このまま終わってしまって・・・たしかにそれはそれでひとつの結末だとおもいますけど・・・でも・・・それじゃあおしまいになりません・・・。
はあ。
私は、嫌です・・・。
はあ・・・
そう思いません?
男(N) こんな口調で。とうとうといつまでも話し続ける女の声を。聞いたことがあるような気がした。思いこみが激しくて。言ってることが矛盾してるのにちっとも自分で気が付かなくて。言ってもわからなくて。ちょっと確かめれば分かることをすぐ間違えて。そのせいでいろんなことがうまくいかなくて・・・。そんな様子に腹を立てながら、でもその無茶苦茶な話を聞いてるのは実は結構楽しくて・・・。だけど結局どこかで決定的に間違ってしまった。それはきっと、偶然ではなく、至るべくして至った結末だったんだと思う・・・
だけど、もし。もしももう一度・・・
結末って、どうしてひとつじゃないといけないんでしょうね・・・
・・・・・・ひとつになるまで結末って言わないからじゃないですか?
じゃあ、結末がなければいいんですね。
それは、無理でしょう。
どうしてですか?
小説ですから。
小説の決まりなんですか?
そうです。
どうしてですか?そんなの根拠がないですよ。
あなたの言ってることの方が・・・(根拠がないでしょう。)
  風景が。すこしずつ薄くなっていった。
やがて音も少しずつ遠ざかり。
心地いい空気に包まれて、何もかもが少しずつ、消えていった。
すっかり、何もかもが消えていった。
公園も。地図も。本も。そして・・・
   
  賛美歌が聞こえている・・・。
教会の中。葬儀が終わった。参列者がひそひそと話をしている・・・
孫(男) おじいちゃん、眠ったまま逝ったって?
孫(女) うん。
孫(男) 大往生だったね。
孫(女) うん。安らかな・・・っていうより、なんか楽しそうな死に顔だったよ。
孫(男) そう。
孫(女) うん・・・夢見てたんじゃないかな。
孫(男) 夢?
孫(男) ふうん。何の夢だろ。
孫(女) 何の夢だろ。楽しそうな顔だったよ。・・・まるで、これから、何か始まるみたいな・・・
  賛美歌の音、大きくなる。
今朝早く。魂がひとつ。天国へ昇っていた。


終わり。
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