1206話(2019年5月11日 ON AIR)

「ドラマチックな。」

作・たみお
出演・大熊隆太郎
田所草子(テノヒラサイズ)
年を得て、たっぷりした白髪、リネンの白シャツに、
灰色の着古したニット・ベスト。小柄な女性だ。
場所は作家の家。都会のアパート。
質のいい植物や雑貨、本でうっそうとしている。
担当さんがチャイムをならし、今日も家にやってきた。
ラグビー選手のように、体が大きく、生真面目そうな男性で、
作家のもとにやってくるときは、履き替えるようの靴下を欠かさない。
挨拶をすませ、原稿を受け取り、別室で目を通す。
出されたお茶をのみ、一息ついて、彼女の待つ、狭い書斎の前に立つ。
時計は四時をさしている。木製の針が、小さく乾いた音を立てて鳴っている。
担当
先生、今、よろしいでしょうか。
作家
ええ。どうぞ。
担当
月間長月(チョウゲツ)第312号。草山春子による今月の短編。
「いつか海で」確かに頂戴しました。
作家
特集記事は確か、外国資本によるなんちゃらだったかしら。
担当
はい。うちのような、角張った経済専門誌に、草山先生の短編は、なんというか、みずみずしくて。
もったいないといつも思います。今回も、胸に沁みました。「いつか海で」
作家
そうですか、それは、ようございました。高山さんにもどうぞ、よろしくお伝えくださいね。
担当
はい。うちの編集長は先生の大ファンですから。必ず、伝えます。
作家
(笑って)あの人が長だなんて。年をとると、驚くことばかりですよ。あなたは知ってるかしら。
あの人、私なんかより、いい書き手なんですよ。・・・いつからか筆をおって、いつからか
長になって。ライバルだった私に声をかけてくださった。わからないものですね。人生は。
担当
・・・実は、先生。大変申し上げにくいのですが。
作家
なんでしょう。
担当
・・・次の号で、長月が休刊することになりました。
作家
休刊。
担当
専門誌ですから、もとから部数はそこまで多くなかったんです。編集長の目利きと、それに
魅せられた熱心な読者で支えられてきました。でも、経済誌で、月間は、今のスピードにさすがに
合わなくて。それで先月、上から。問答無用でした。
作家
おどろいた。急ですね。まさか次の号でおしまいだなんて。
担当
編集長も頑張ってらしたのですが。
作家
じゃああなたは、別の雑誌へ?
担当
いえ、これを機に、社を離れます。他にやりたい仕事があって。
作家
そう。高山さんは・・・あの人はどうなるんです。別のところに?
担当
それが・・・店を開くと。
作家
え。
担当
花屋を始めると。
作家
花屋。
担当
はい、海沿いに、小さな店を持つそうで。
作家
海沿いに、小さな店を。
担当
心当たり、おありですか。草山先生。
作家
いいえ。
担当
編集長、みたまんまの堅物ですから。ぼくら、びっくりしちゃって。政治を取り扱うweb雑誌、
その席もあったんです。なのに。
作家
けっとばしたのね
担当
見事に。
作家
それで、海のそばの花屋になると。
担当
もう物件も見つけたそうです。似合いませんよね。
作家
本当に。
担当
・・・「海風で、花はすぐに痛むから、海のまちには花屋が足りない。」
作家
それは、少し前の。
担当
はい。「いたんだ花は、店先を飾るだけで、そのあとは捨てなくちゃいけない。」先生が以前
書かれた短編です。海沿いの花屋が舞台でした。
作家
「だから、僕は、君に花束を贈るんだ。毎日、売れ残った花を、君に束ねて贈るんだ。これは、
告白なんかじゃないよ。経済の話だよ。枯れる前に、君に、花を贈りたいだけなんだ。」
担当
僕、あの話を思い出してしまって。
作家
ずっとずっと若い頃に、私たち、そんな話をしたんです。
担当
そうだったんですね。
作家
編集長になる前、あの人は良い書き手で、もっとその前は、海沿いの花屋で働いて。私は、
近くに住む、学生だった。
担当
わからないもんですね。
作家
年を重ねて、ごまかしても。枯れる前の花だと、伝えても。
ふたりのいるアパートは海から離れているけれど、
作家の心は海のそばにいるようで、海の音が聞こえてくる。
終わり。